さてはて、おめでたい朝が高野山にもやってきた。 地球は、どんでんがえしを繰り返しながら、太陽の周りを回っていた。そして、月はどんでん返しを繰り返しながら、地球の周りを回っていた。それはそれは不思議な物理現象であった。滞(とどこお)りなく事は物理法則という神によって行われていた。しかし、いつ途絶えるかは誰にも分からないことでもあった。だから、今日も無事に太陽が昇る朝は、おめでたいことであった。一日の初めの朝に祈りをささげることは、大地の平和つまり世界平和を祈ることでもあった。それは、同時に自分の心の朝でもあり、自分の心の平穏でもあった。そしてそれは、弘法大師の教えでもあった。 太陽が昇ったばかりの頃だった。風は気持ちいいそよ風になっていた。花々はすでに花弁を広げて太陽に挨拶をしていた。山雀(やまがら)が、あちこちでさえずっていた。 きょん姉さんは、ログハウスの外で体操をしていた。そこへ福之助がやってきた。 「気持ちのいい朝だなあ〜!」 「そうですねえ。」 「まるで、今までとは違う爽快な朝だなあ〜。」 「そうですねえ。」 「場所が変われば、朝も変わるんだなあ〜。」 「そうですねえ。」 「いい空気だ〜〜。」 「そうですねえ。二酸化炭素や有毒ガスの数値が違います。」 「やっぱりね。」 「病気にもなりませんね。」 「景色もいいし、なるわけないよ。はい、前屈〜〜!」 姉さんは前屈すると、両手を地面についた。福之助も真似をした。が、両手は地面にはとどかなかった。姉さんは見ていた。 「あれっ?あんたつかないの?」 「はい。」 「あんた、身体が硬いねえ。」 「以前はついてたんですけどねえ?」 「ほんとう?」 「はい!」 姉さんは動きを止め、福之助の前に立った。 「もう一度、やってごらん。」 「はい。」 やっぱりつかなかった。 「もう一度、やってごらん。」 「はい。」 やっぱりつかなかった。腰のジョイントが軋(きし)んだ。 「変な音したぞ?」 「そうですねえ。」 「油が切れてるんじゃないか?」 「そうですねえ。」 「身体が硬いと頭脳も硬くなるぞ。」 「そうなんですか?」 遠くの方で、狸(たぬき)が二匹、ロボットの福之助を見ていた。 「あっ、狸だ!」 「ほんとだ!」 「高野山は、平和なところだねえ。」 「そうですねえ。」 狸は逃げていった。 「あらあら、逃げて行っちゃった。食べやしないよ。」 「ちょっと、油を注してきます。」 「もう体操は終り、わたしも戻るよ。」 「ああ、そうですか。」 「今日の朝食は何だい?」 「フレンチトーストと、トマトとバナナとミカンのサラダです。」 「トマトとバナナとミカンのサラダ。それどういうの?」 「皮をむいたバナナを適当な大きさに切って、トマトも適当な大きさに切って、ミカンの缶詰をシロップごとぜんぶ入れて混ぜました。」 「な〜んだよ、それ。オーソドックスな料理だなあ。」 「熱いコーヒーもありますよ。」 「おお〜、いいねえ。」 「姉さん、コーヒー好きでしたっけ?」 「ときどきね。」 「アニーさんが待ってます。早く戻りましょう。」 「ああ、そう。」
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