蝶子は、インターネットで仕事を検索していた。 「介護の仕事はあるんだけど、安いのよねえ…」 龍次は、隣の席で窓の外の様子を見ていた。 「そうだねえ。」 「もう少し高かったらなあ…」 「安すぎるよね。」 「けっこう大変なのよ、介護の仕事は。精神的にも肉体的にも重労働で。」 「やったことあるの?」 「高校生のときに、ボランティアで。」 「内申書対策かな?」 「そうなの。」 「世の中、そんなもんだな。」 「もっと、政府が援助すればいいのよ。」 「もっと、お金を出せってこと?」 「そう。」 「不景気で、金がないからなあ。これ以上は無理だよ。」 「退職金を何千万いただいて、天下りでちょっと勤めて、また退職金で何千万、それの繰り返し。一億くらいは貰ってるんじゃないの?」 「エリート官僚の天下りね。」 「そういうのを介護に回せばいいのよ。」 「そうだね。」 「どこが、いちばん使ってるの?」 「…自衛隊じゃないかな?最新の軍事兵器が高いんだよ。」 「自衛隊の人達って、日ごろ何してるの?」 「訓練だよ。」 「戦争の?」 「まあ、そうだろうね。災難援助訓練なんかもやってるんじゃないの。」 「ああ、台風とか洪水とか、そういうのね。」 「そうそう。」 「そう言えば、簡易のお風呂とかをニュースで見たことあるわ。」 「そういうこともやってるんだよ。」 「だったら、いいことを思いついたわ。」 「うん?」 「災難援助もやるんでしょ?」 「そうだよ。」 「だったら、介護もやればいいのよ。」 「うん?」 「自衛隊が介護もやればいいのよ。」 「自衛隊が介護?」 「そしたら足腰も精神も鍛えられるじゃない。」 「なるほどね。いい考えだけど、そりゃあ無理だよ。」 「どうして無理なの?」 「プライドの問題だよ。」 「プライド?」 「自衛隊のプライド。」 「自衛隊ってさあ〜、国民を守ってるんでしょう。」 「そうだけどさ。」 「介護だって、国民を守ってるわけじゃん。」 「つまりね、自衛隊は国民を守ってるんじゃないんだよ。」 「えっ、何を守ってるの?」 「国土を守ってるんだよ。」 「国土って、土地を?」 「日本の土地を。」 「そうなの〜〜〜?」 「だから、自殺者が出ても何もしないだろう。」 「なるほど〜。」 商店街の拡声器からアナウンスが流れた。 < 通りの封鎖は解除されました 通りの封鎖は解除されました > 「あっ、解除されたわ。出ましょう!」 「そうだね、今のうちだね。」 「もう十時だわ。」 「蝶子ちゃんの家まで乗せてってあげるよ。」 「ありがとう。」 「じゃあ行こう。」 大通りに出ると、頭脳警察のパトロールカーも治安ロボット・ハルもなかった。普通の警官は数多くいたが、いつもの以上に不気味なくらいに平穏になっていた。 「なんだか、新宿じゃないみたい。」 「そうだねえ。」 「不気味な新宿ね。」 「そうだねえ。」 「明日は、どこに行けばいいの?」 「迎えに行くよ。八時に。」 「分かったわ。」
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