クルクルパーの狂った夏坊主は、高野山(こうやさん)では既にとんずらしていた。ここら辺りでは、こんころ良い秋の涼風が、杉やヒノキや高野槙(こうやまき)の間をすり抜け駆け抜け通り抜け、針葉樹の特異のテレピン油の匂いを無料で動物たちに運んでいた。動物たちは、その匂いに気持ちよく酔っていた。この大地に。だから生きることができていた、この大地に。生き物にとって大地は母であった。そして季節は、一年一年の起承転結の風景を苦もなく創作していた。この大地には、来年の風景を知るものはなかった。ああ、何と言うことだろう。来年も同じように生きられるかは生物のどなたにも分からなかった。ああ、何と言うことだろう。 針葉樹の香りが、きょん姉さんの鼻腔をくすぐっていた。心は爽やかだった。姉さんは、福之助の肩をポンと叩いた。 「確認のために、なにかやってみよう。」 「いいですよ。」 「じゃあ、新しい問題を作ってみな。」 「はい。」 福之助は、十秒ほど黙って考え込んだ。 「できました!」 「うん、いつもの時間だな。」 「では。」 「はいよ。」 「お坊さんが、転んで打撲をしました。さて何と言うでしょうか?」 「う〜〜ん、難しいな。」 「白旗をあげて降参?」 「降参。」 「南無阿弥打撲!」 「なんだよ、そりゃあ。」 「あ〜〜、面白かった!」 「ちっとも面白くないよ。」 「そうかなあ。」 「つまんないの。でも、これで確認できたよ。」 「わたしの正体がですか?」 「ああ、いつものアホの福之助が。」 「そりゃあないよ、姉さん!」 アニーが、パチパチと手を叩いた。 「面白かったわ、福ちゃん。」 福之助は、深く頭を下げ礼を言った。 「どうもありがとうございます。それでは、アンコールに答えて。」 姉さんは、頭を傾げた。 「アンコール?」 福之助は、軽く手を振った。 「ほな、さいなら。」 「うん、なんだ?おまえどこに行くんだよ。」 「知らんけどな。」 「なにがだよ?」 「そないなこと言わんといてえな。」 「なんだ?」 「そな、アホな!」 「うん?」 「わい、アホでんねん!」 「何言ってんだ、おまえ?」 「なに言うてまんねん!」 「大変だ、また狂った!」 アニーが福之助を静止した。 「福ちゃん、面白くないから止めて!」 福之助は止めた。そしてアニーに尋ねた。 「あれ、この漫才おもしろくなかったですか?」 「ぜんぜん面白くないわ。ちゃんと作ってからでないとだめよ。」 「作る?」 「そう、漫才は話を作らないと駄目なの。」 姉さんが、福之助を睨んだ。 「なんだ、漫才やってたのかよ。」 「そうです。」 「ただの大阪弁じゃないか。」 「はい。」 「おまえ、やっぱアホだなあ。」 アニーが優しく答えた。 「漫才はねえ、話を作って二人でちゃんと練習しないと駄目なのよ。」 「話を作るんですか?」 「そう。」 「そうか〜ぁ、作るのか〜。」 姉さんが、きっぱりと諭した。 「おまえにできるのは、くだらない駄洒落だけだよ。駄洒落は、似たような言葉をくってけるだけだからな。」 「そんなことないですよ。」 「そんなことあるよ。漫才を作るって難しいんだよ。人を笑わすのって難しいんだよ。怒らすのは簡単だけどな。」 「そうですかねえ。」 「無理だよ。凡人にはできないよ。」 「わたしはロボットです。」 「凡ロボットにはできないよ。」 「そうですかねえ。」 「アホじゃあできないの。」 福之助は深く考え込んだ。 「そうですかねえ。」 「ロボットにできたら、人間はいらないよ。」 「そうですかねえ。きっと法則があるはずです…」 「法則?」 「はい。笑いの法則が。」 福之助は更に深く考え込んだ。一分が経った。 「も〜〜〜ぉ、人生は短いんだからさあ、アホと付き合ってる暇はないんだよ。」 姉さんは、シャツとジーンズを脱ぐと、ピンクパンサーのパンティとブラジャーで、長くしなやかな脚で浴室に入って行った。 「姉さん、お風呂?」 浴室から返事が返ってきた。 「ああ、シャワーだけだよ。」 間もなくシャワーの音がした。 「姉さん、脱ぐの早いねえ〜。」 「そんなことは、どうでもいいだろう。」 福之助は、シャワールームの近くまで行った。 「シャワーは気持ちいいですか?」 「うっるさいな〜!向こうに行ってろ!」 「シャワーをあびて、しゃわ〜せ!」 と言いながら、戻って行った。アニーが笑った。 「お上手ねえ、福ちゃん!」 パチパチと手を叩いた。 「あのピンクパンサーの下着、いいなあ〜。」 「そうですかあ?」 「どこで買ったのかしら?」 「インターネットですよ。」 「ああ、そう。」 「アニーさんは、どんな下着?」 「そんなこと、どうでもいいでしょう!」 福之助は怒られてしまった。
|
|