地球は、一秒の狂いもなく休みなく動いていた。月も同じように、地球のおっとり妻のように甲斐甲斐しく動いていた。はぐれ雲が、恥ずかしがりやの月を、ときどき隠していた。それは、何億年前から、何十億年前からのことだった。生物たちは、何気にそれを知っていたし、悟っていた。月などを見ない、科学というちゃちなものに、のぼせあがった人間だけが、それを悟っていなかった。 熊の五郎が立ち去ると、忍は門の中に入った。 みんなが寄ってきた。五十人ほどの人数だった。 「忍さん大丈夫!?」 みんなも同じようなこと言っていた。忍は少し笑いながら答えた。 「大丈夫だよ。」 龍次が近くにやって来た。 「いったい、どうしたの?」 忍は、右足を少し浮かせていた。 「大根畑の近くに案山子(かかし)を立てに行ったら、いきなり五朗が現れて、無理やりに相撲をとらされたんですよ。そしたら投げ飛ばされちゃって、このありさまです。」 「それじゃあ、わたしと同じだ。」 「強いのなんのって、凄い力でしたよ。」 「二百キロは、あるからなあ。」 「ありゃあ、人間じゃあ無理ですよ。」 「まわしがないと無理だなあ。」 「まわし?」 「つかむところだよ。」 「そんなの、あっても無理ですよ。」 「そうかなあ〜?」 龍次は、悔しそうな目つきで、五郎の去った方向を見た。 「むかしのわたしだったらなあ…」 「龍次さん、またやろうと思ってるんですか?」 「まあね。」 「無理だって!」 ヨコタンが、忍の隣に寄ってきた。 「足、大丈夫?」 「さっきよりは、大丈夫みたい。」 「歩けるの?」 忍は歩いてみせた。 「あっ、痛い!」 そう言うと、歩くのを止めた。 「こりゃ駄目だ。」 「明日、病院に行ったほうがいいわ。」 「でも、明日は日曜日だよ。」 「あっ、そうか。」 「きっと、明日になったら治ってるよ。」 「そうかなあ…」 「足首だけ?」 「そうみたい。」 「あんまり動かさないほうがいいかも。」 「そうだね。」 龍次が隊員に命じた。 「元看護婦のポンポコリンを呼んできてくれ。」 一人の隊員が「はい!」と返事をすると集会所に向かって駆け出した。 「誰か、肩をかしてやってくれ。」 二人の男の隊員が出てきた。しのぶの両サイドについた。 忍は、軽く礼を言った。 「ありがとう!」 龍次は、みんなに命じた。 「あとの者は、もういいよ。各自それぞれの場所に戻ってくれ!」 ヨコタンが質問した。 「わたしもですか?」 「何かありますか?」 「いや、別に。」 「それじゃあ、いいです。」 「はい、分かりました。」 龍次が少し大きな声で、みんなに言った。 「明日は、六時に集会所前に集合ですよ。」 みんなは、ほぼ同時に返事をした。 「はい!」 みんなは、それぞれにそれぞれの足取りで、自分の居場所に向かって散って行った。高野四郎の鐘が、午後の十時を高野山に告げていた。遠くで、熊の遠吠えが聞こえた。今しがた散ったそれぞれの人達は、空を見上げた。月の前をちぎれた逸(はぐ)れ雲が泳いでいた。その頃、熊の五郎も、のっしのっしと歩きながら月の前のちぎれた逸れ(はぐ)雲を見ていた。
|
|