ほらほらほらの風が、ほらほらほらと、小さな昆虫たちを脅かしながら吹いていた。昆虫たちは、飛ばされまいと、鳴くのを我慢して必死に草花にしがみついていた。そのうちに風が止むのを待っていた。風に逆らう馬鹿な昆虫はいなかった。昆虫たちは、人間の知らない風を見ていた。ほらほらほらの風が、ほらほらほらと高野山を吹いていた。 きょん姉さんは、アニーの横に座った。テーブルの上を、大きな秋になる前の小さな秋が跳ねていた。 「あっ、コオロギだわ。」 コオロギは、トマトの上に止まった。 「久し振りだわ〜、コオロギだなんて。」 福之助がやってきて、コオロギを見た。 「お〜〜〜、コオロギだ!きっと、風に追われたんですね。」 コオロギは、トマトの上でじっとしていた。 「取っちゃ駄目よ。昆虫はすぐに脚が取れるからね。」 「はい。」 「地球は、人間だけが生きているわけじゃないんだよね。」 「はい。」 アニーは、冷静な顔で、そして若干の鋭い視線でパソコンの画面を見ていた。 「高野山悟りプログラムを、ネットで調べてみましょう。」 アニーはブラインドタッチで素早く指を動かした。姉さんは驚いた。 「わ〜〜、早いなあ!」 「小さい頃から、英文タイプをやってたもので。」 「凄いなあ〜。」 「あっ、出ました。」 姉さんは、横から画面を覗きこんだ。福之助も立ったままの姿勢で、腰を屈めて覗き込んだ。 アニーは、福之助を呼んだ。 「福ちゃん、ここに来て。」 福之助は素直に応じた。 「はい。」 「いたずらプログラムだわ。ウイルスではないけど、思考回路がおかしくなるって書いてあるわ。」 「えっ!?」 「削除すれば大丈夫って書いてあるわ。」 「そうですか?」 「削除するから、ケーブルでパソコンと繋いでちょうだい。」 「無理です。外からは削除できません。」 「ああ、そうなの?」 「わたしが、わたし自身がやらないと削除できないんです。だから、わたしがやります。」 「ああ、そう。」 「高野山悟りプログラムを削除すればいいんですね?」 「そうよ。」 「分かりました。」 天井から、蝉(せみ)の鳴き声がした。 「あっ、トッポジージョだ!やけに聞こえるなあ。このログハウスの中にいるのかしら?」 きょん姉さんは周りを見た。 福之助が、天井の丸太の梁(はり)あたりを見ながら答えた。 「あの鳴き声は、ツクツクボウシです。」 「知ってるよ。ちゃんと削除したの?」 「しました!」 「これで大丈夫ね。」 「はい!これで大丈夫です。」 「ほんとかなあ?」 姉さんは、福之助の目を見て睨んだ。福之助は、姉さんの目を睨み返した。 「つまり、プログラムがプロブレムだったんですね。」 姉さんは喜んだ。 「お〜〜〜、そのくだらない駄洒落!間違いなく、アホの福之助だ〜!」 「それって、喜んでいいのでしょうか?」 「いいんだよ!」 アニーは手を叩いて喜んだ。 「良かったわ〜〜!」 またも、天井から蝉の鳴き声が響いていた。アニーは見上げた。 「ツクツクボウシは、ケチなお坊さんの生まれ変わりなんですよ。」 姉さんは初耳だった。 「ケチなお坊さんの生まれ変わり?」 アニーは、タイプした。 「ツクツク法師って書くんです。」 「ツクツクボウシって、こう書くんだ〜。」 いつの間にか、トマトの上のコオロギはいなくなっていた。そのことを、誰も気に留める者はなかった。そんなことは、どうでも良かった。コオロギはいったいどこに行ったのだろう?そんなことはどうでも良かった。
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