アニーは姉さんに尋ねた。 「あの人、大丈夫だったんですか?」 「あまり大丈夫じゃなかったんですけど、隣の方が面倒をみてくださるってことで。」 「あまり大丈夫じゃなかったって?」 「リストラされて、死にたいって言ってました。」 「そうだったんですか。」 「話してるうちに、元気になりました。」 「それは良かったわ。」 きょん姉さんは、思い出したように話を変えた。 「福之助。」 「なんですか?」 「お相撲さんは、座るときに、何と言って座るでしょうか?」 「何?」 「お相撲さんは、何と言って座るでしょうか?」 「うん?」 「早く答えなよ。舌が暇になるから。」 「はあ?」 「早く!」 「…よいしょ。じゃないですか?」 「ぶ〜〜〜〜〜!」 「じゃあ、どっこいしょ。」 「ぶ〜〜〜〜〜!」 「分かりません。」 「答えは、どすこいしょ!」 「どすこいしょ?」 「面白いだろう〜?」 「なんで?」 「なんで?」 「どうして面白いんですか?」 「相撲取りは、どすこいどすこいって言うだろう。」 「そうなんですか?」 「知らないの?」 「はい、知りません。」 「あ〜〜〜あ、つまんない奴。」 「あ〜〜〜あ、つまんない問題。」 「何が、あ〜〜〜あ、だよ。」 「では、わたしが面白い問題を出しましょう。」 「おまえが?」 「はい。よろしいですか?」 「ああ、いいよ。」 「ライオンは、大きなマグロの肉は食べませんでした。では、鯨の肉は食べるでしょうか?」 「くじら?」 「ヒント、鯨は魚類ではありません。哺乳類です。」 「あ〜〜〜、じゃあ食べる。かもな…」 「かもな、では答えになりません。きっぱりと断言してください。」 「…、やっぱり食べない!」 「ブ〜〜〜!」 「え〜〜〜、食べるの〜!?」 「分かりません。」 「なんだ!?」 「わたしが、今作った問題なので分からないんです。哺乳類だから、ひょっとして食べるんじゃないかな〜と思って。食べたら面白いんじゃないかな〜と思って、作ったんです。」 「なんだよ〜、それ!?じゃあ、問題でも何でもないじゃないか!」 「答えなんか、どうでもいいじゃないですか。面白い問題だったら。」 「何言ってんだよ、おまえ!?」 「あ〜〜〜、面白かった。」 「ちっとも面白くないよ。おまえ、やっぱり変だよ。」 「何がですか?」 「頭が変だよ。」 「大切なのは、問題そのものです。答えではありません。答えは問題の死でしかありません。だから答えなんか無いほうがいいのです。それは人生と同じです。人生も答えなんかないほうがいいのです。」 「こりゃ〜大変だ。やっぱり明日、病院に行こう!」 「大丈夫ですよ。」 「大丈夫じゃないよ〜!」 「大丈夫ですよ〜!」 「ロボット保険証もってきたか?」 「はい。お腹に、ちゃんとしまってあります。」 「見せてみろ。」 「いいですよ。」 福之助は、腹部の蓋をカパっっと左手で開けると、右手で取り出した。 「はい。」 「これは、ロボット厚生年金手帳だよ。」 「あっ、そうですか。」 「ほら、見てみろ。」 姉さんは、福之助の目の前に手を伸ばして、手帳を見せた。 「見えません。ちょっと離してください。」 「なんだ、二十九歳で老眼かよ。」 「老眼じゃありませんよ。機能が落ちてるだけです。」 「それを老眼って言うの。」 「あっ、そうなんですか?」 「ま〜だ、二十九だぞ。」 「二十九歳で老眼で、悪かったね!」 「あらっ、怒ったの?」 「別に。」 姉さんは、少し離して見せた。 「見えました。あっ、ほんとだ。」 再度、手袋みたいな手の指で確認した。 「あっ、もう一つあります。はい!」 しっかりと差し出した。 「これこれ!」 「姉さん、そのロボット厚生年金手帳、返してください。大切なものですから。」 「はいよ。」 姉さんは、丁寧に手渡した。 「これがないと、定年後に大変なことになりますからね。ホームレスロボットはいやですからね。」 「なんで、ロボット厚生年金手帳まで持ち運んでんだよ?必要ないだろう?」 「そうですねえ。」 「やっぱり、馬鹿だね。」 「そりゃあないよ、姉さん!」 「よっし、明日行くぞ!」 「じゃあ、行きますか。ところで、高野山にロボット病院はあるんですか?」 アニーは、お茶を飲んでいた。丁寧にテーブルに置いた。 「ありますよ。」 姉さんは笑顔になった。 「あ〜、良かった〜ぁ。」 アニーはパソコンを見ながら呟(つぶや)いた。 「福之助さん、変なファイルをダウンロードしなかった?」 福之助が答えた。 「さ〜〜あ、記憶がないです。」 姉さんは、険(けわ)しい表情になって、福之助を睨んだ。 「記憶がないって、どういうことだよ?」 「その部分だけ、消えているんです。」 「なんだって!?」 「福ちゃん、ダウンロード履歴を赤外線でパソコンに送ってくれない。」 「はい。」 福之助は黙って、命令に従った。 「履歴は改ざんできなくなってるはずだから、それを見れば分かると思うわ。」 姉さんも、思い出したように合槌をうった。 「ああ、そうですね。」 パソコンに、福之助から送られた履歴ファイルが映し出された。 「あっ、十八時十七分三十八秒にダウンロードしてるわ。」 「何ですか?」 「…高野山悟りプログラム。」 「こうやさんさとりプログラム!」 福之助は、目の前の空を見つめ寄り目になっていた。 「記憶にないな〜。」
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