高野山(こうやさん)を、風たちが強くなったり弱くなったりの、まるで遊び呆けてるように駆けていた。ときおり、ひゅ〜ひゅ〜と奇声を発しながらのことだった。草花たちはその奇声の下で、風たちの横暴を見上げながら、黙って揺れていた。それは、いつものことだった。ひたすら、風に折れまいとして頑張っていた。蟻たちは、その下で文句も言わずに、黙々と昆虫の死骸を運びながら働いているのだろうか。 老人は、ベンチに座りチューハイを飲みながら月を見ていた。 「最近の人は、なんだか当たり前のことで悩むよね。」 姉さんは、屈伸運動を始めた。 「あっ、どうしたの?」 「えっ、ちょっと寒くなったもので。」 「そうだね…」 「当たり前のことって、何ですか?」 「なんていうか、自分だけで生きているんだよね。だから、自分に似た人としか話さないし、群れない。」 男は大きく頷いた。 「その通りです。」 老人は話を続けた。 「昔の人間はね、誰とでも話してたんだよ。ちゃんと相手のことを考えてね。最近の人は、そういう基本的なことができないみたいだね。人は、いろんな人と話して苦しんで心が成長するんですよ。」 姉さんもベンチに座った。 「心が成長してないってことですね。心が未熟ってことですね。」 「そう。」 「そうですねえ。」 「自分だけで生きている。だから、自分だけで苦しんで、未熟だから耐えられずに精神の病気になってしまう。」 「うん、なるほど。」 「自分に素直になって、他人にも素直になれば、解決することなんだけどね。」 「きっと、それが出来ないんですよ。」 「そういうことだね。人間は、人と間(あいだ)って書くでしょう。交わって人間になるんですよ。決して一人では人間にはなれない。」 男がポンと手を打った。 「なるほど!」 姉さんは、黙っていた。ログハウスの窓が開いて、福之助が手を振っていた。 「姉さん〜〜〜!何してるんですか〜!」 「あっ、福之助が呼んでる。」 姉さんは、ぴょんとジャンプして立ち上がった。老人は驚いた。 「お〜〜、まるでウサギみたいだなあ。」 「えっ、そうですか?」 「何かやってたんでしょう?陸上とか?」 「はい。」 「道理で。足腰が強そうだもん。」 「短距離と走り高跳びをやっていました。」 「そぉお、早そうな脚してるね。」 福之助が手を振っていた。 「姉さん〜〜〜!何してるんですか〜!」 「この人、大丈夫かな?」 「私のログハウスに泊まらせるよ。大丈夫!」 老人は、勝手に決めていた。 「大丈夫です。」 「じゃあ、わたしは失礼します!」 「おやすみ!」 「おやすみなさ〜い!」 男も、「お休みなさ〜い!」と言った。 姉さんは、膝ほどの垣根をウサギのようにぴょんと飛び越えると、猟犬のようにログハウスに向かってダッシュした。老人は驚いた。 「お〜〜〜〜〜!」 男も驚いた。 「早いなあ〜〜!」 「この暗闇を走り抜けるとは、目もいいなあ。」 「まるで、忍者みたいですね。」 「そうだなあ。」 人間に踏まれまいとして、木の枝にジャンプして逃げた鈴虫が、二人が去るのを風を見ながら待っていた。
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