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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第137回   我々は大地に引きこもる
男の目には、もう涙は無かった。
「俺、弘法大師なんて知らないけど、ここに来て良かったよ。」
老人が尋ねた。
「お主、帰るところはあるのか?」
「…あるにはあるけど、迷惑かけるし。」
「迷惑?」
「リストラされて、実家に戻っているんだけど、毎日なんだか違うところに居るみたいで…」
「そんなことは、親子だから気にするはないじゃないか。」
「まあ、そうかも知れないけど、いい歳してこのままじゃあね…」
「焦るな、焦るな。君のせいじゃないよ。」
「帰っても、焼酎飲んで、テレビを見ながら寝るだけなんですよ。」
「就職活動はしてるんだろう?」
「まあね。この歳だと、ほとんど駄目だけど。」
「仕方ないよ。そういう時代なんだよ。」
「そうなのかなあ…」
「景気のいい時代もあれば、景気の悪い時代もある。その内に、また良くなるよ。」
「そうですかね…」
「どこから来たの?」
「神戸です。」
「神戸かぁ、遠いなあ。」
「橋本の友人のところに来たんですけど、旅行でいなくって。なんだか高野山には、ニート革命軍で有名な保土ヶ谷龍次を思い出して、彼らの人間村ってところを見てみたくなって。」
「ああ、そういうことだったのか。」
きょん姉さんが口を挟んだ。
「人間村だったら、すぐそこよ。」
姉さんは指を刺した。
「人間村って書いてある大きな看板があるわ。高台に、我々は大地に引きこもる。という旗が見えます。」
「知ってます。さっき見てきました。」
「中には入らなかったんですか?」
「はい。」
「少し、入りにくかったかな?」
「はい。場違いのような気がして。」
「つまり、自分の思想とは違う。」
「はい、その通りです。」
老人は、すぐ近くの木製のベンチに座っていた。
「保土ヶ谷君はね、他人の気持ちが分かる、とってもいい人だよ。」
姉さんは質問した。
「知ってらっしゃるんですか?」
「彼は、僕の大学の後輩なんです。」
「そうなんですか。」
「彼に教えてたんですよ。」
「その大学でですか?」
「ええ。ああ見えても、彼は相撲部だったんですよ。あまり強くはありませんでしたけどね。」
「え〜〜〜、ほんとうですか?」
「彼のこと、知ってるんですか?」
「いえ、別に。」
「今は、だいぶスマートになってますけど、あの頃は百キロ近くありましたよ。」
「え〜〜〜、ほんとうですか?」
「彼のこと、知ってるんですか?」
「いえ、別に。」
「夏に、熊の五郎と相撲を取って怪我をしたと言ってたなあ。」
「え〜〜〜、ほんとうですか?」
姉さんは、初耳のことだらけで、内心驚いていた。男はチューハイを飲みながら黙って聞いていた。
老人は話題を変えた。
「ところで、お二人さん。」
姉さんと男は、顔を向けて老人を見た。
「相撲取りは、座るとにき何と言うか知ってるかね?」
間をおいて男が答えた。
「よいしょじゃないですか?」
姉さんが答えた。
「どっこいしょ。じゃあないんですか?」
「二人とも、はずれ〜〜ぇ。答えはね、」
老人は立ち上がり、右足を上げ、しこを踏むと、再度ベンチに腰を下ろした。
「どすこいしょ!って座るんだよ。」
男が手を叩いて喜んだ。
「面白い!」
姉さんも笑った。
「面白いわ〜〜、それ。今度、福之助に言ってみよう。」
老人が首を傾げた。
「福之助って?」
「うちのロボットです。」
「あ〜〜〜、あのロボットね。お人好しの。」
「お人好しの。じゃなくって、ロボットですから…」
「あっ、そうか。じゃあ何て言うのかなあ?おロボット好しじゃないしねえ?」
「さ〜〜〜ぁ?」
三人は、それぞれにそれぞれの表情で、それぞれに負けじと大笑いをした。
人間村の高台では、<我々は大地に引きこもる>の旗が、風にも負けじとはためいていた。


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