男は、少し涙目になっていた。 「あんたら、いったい何なんだよ〜!」 老人は、静かに月を仰ぎ見た。 「いい月だなあ。」 男は黙っていた。老人は静かに振り返った。 「お主、チューハイとか飲むかね?」 男は答えた。 「飲むよ。」 「そう、それは良かった。」 老人は、上着のポケットから缶入りのチューハイを取り出した。 「梅のチューハイだけど、飲むかい。」 男は黙っていた。老人は差し出した。男は黙って受け取った。潤んだ目の涙は消えていた。 「俺も飲むかな…」 老人は、ポケットから、もう一本取り出した。 「これも梅か…」 老人は姉さんを見た。 「あっ、そうだ。あんたの分がないなあ。」 姉さんは普通に答えた。 「わたし、飲めないんです。」 「あっ、そうだったね。」 「そのポケット、魔法のポケットみたいですね。」 「ま〜たまた、面白いこと言っちゃってえ〜。」 男が姉さんを伏せ目で見た。 「ドラエモンのポケットみたいな?」 姉さんが普通に答えた。 「そんなのって、あったっけ?どこでもドアなら知ってるけど。」 「ああ、そうだっけ?」 老人がポンと手を叩いた。 「お主、けっこう喋るじゃないか!」 男は答えた。 「はい。」 「その調子、その調子!」 男は黙っていた。 「無理に他人に合わせる必要はないんだよ。」 男は黙っていた。 「君には君の生き方がある。だから、君の生き方をすればいい。」 男は黙って聞いていた。姉さんも黙って聞いていた。 「月は平等に、万人に照らしているだろう。決して差別なんかしてない。」 男は黙って聞いていた。 「夜が明ければ必ず明日は来る。だから、自分らしく無理をせずに生きればいいんだよ。」 男は黙って聞いていた。 「いいじゃないか、それで。自分は自分であるように、精一杯生きれば、みんなが認めてくれるよ。」 男はポツリと呟いた。 「みんなが?」 「ああ、その程度のものだよ。人生なんて。」 「その程度のもの?」 「君が他人を思ってるほど、他人は君を思ってないってことだよ。つまり、他人を思ってる暇がないってこと。つまり、君と同じように、みんな必死で生きているんだよ。」 男は黙って聞いていた。 「君には君の、君だけの居場所がある。それを見つけなさい。」 男は子供のような眼差しで老人に答えた。 「俺の居場所?」 「ああ、君だけの居場所が必ずある。少し辛いだろうけど探しなさい。」 男の瞳に涙が、月明かりに光っていた。 「…おじさん。ありがとう!」 「弘法大師が笑って見てるよ。ほら!」 老人は男の目の前を指差した。 なぜか、姉さんの目にも男の目にも、弘法大師の姿が見えていた。 男は、右腕の袖で目をこすりながら答えた。 「…ほんとだ。」 姉さんも、涙を流しながら答えていた。 「ほんとだ。」 老人は、涙を堪(こら)えながら笑っていた。まるで弘法大師のように。
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