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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第136回   弘法大師のように
男は、少し涙目になっていた。
「あんたら、いったい何なんだよ〜!」
老人は、静かに月を仰ぎ見た。
「いい月だなあ。」
男は黙っていた。老人は静かに振り返った。
「お主、チューハイとか飲むかね?」
男は答えた。
「飲むよ。」
「そう、それは良かった。」
老人は、上着のポケットから缶入りのチューハイを取り出した。
「梅のチューハイだけど、飲むかい。」
男は黙っていた。老人は差し出した。男は黙って受け取った。潤んだ目の涙は消えていた。
「俺も飲むかな…」
老人は、ポケットから、もう一本取り出した。
「これも梅か…」
老人は姉さんを見た。
「あっ、そうだ。あんたの分がないなあ。」
姉さんは普通に答えた。
「わたし、飲めないんです。」
「あっ、そうだったね。」
「そのポケット、魔法のポケットみたいですね。」
「ま〜たまた、面白いこと言っちゃってえ〜。」
男が姉さんを伏せ目で見た。
「ドラエモンのポケットみたいな?」
姉さんが普通に答えた。
「そんなのって、あったっけ?どこでもドアなら知ってるけど。」
「ああ、そうだっけ?」
老人がポンと手を叩いた。
「お主、けっこう喋るじゃないか!」
男は答えた。
「はい。」
「その調子、その調子!」
男は黙っていた。
「無理に他人に合わせる必要はないんだよ。」
男は黙っていた。
「君には君の生き方がある。だから、君の生き方をすればいい。」
男は黙って聞いていた。姉さんも黙って聞いていた。
「月は平等に、万人に照らしているだろう。決して差別なんかしてない。」
男は黙って聞いていた。
「夜が明ければ必ず明日は来る。だから、自分らしく無理をせずに生きればいいんだよ。」
男は黙って聞いていた。
「いいじゃないか、それで。自分は自分であるように、精一杯生きれば、みんなが認めてくれるよ。」
男はポツリと呟いた。
「みんなが?」
「ああ、その程度のものだよ。人生なんて。」
「その程度のもの?」
「君が他人を思ってるほど、他人は君を思ってないってことだよ。つまり、他人を思ってる暇がないってこと。つまり、君と同じように、みんな必死で生きているんだよ。」
男は黙って聞いていた。
「君には君の、君だけの居場所がある。それを見つけなさい。」
男は子供のような眼差しで老人に答えた。
「俺の居場所?」
「ああ、君だけの居場所が必ずある。少し辛いだろうけど探しなさい。」
男の瞳に涙が、月明かりに光っていた。
「…おじさん。ありがとう!」
「弘法大師が笑って見てるよ。ほら!」
老人は男の目の前を指差した。
なぜか、姉さんの目にも男の目にも、弘法大師の姿が見えていた。
男は、右腕の袖で目をこすりながら答えた。
「…ほんとだ。」
姉さんも、涙を流しながら答えていた。
「ほんとだ。」
老人は、涙を堪(こら)えながら笑っていた。まるで弘法大師のように。


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