高野山には、都会の見栄っ張りのがらくたな風ではない、風らしい風が吹いていた。健全なる大地には、健全なる風が吹いていた。 「さらさらさらさら、キューティクルないい風だなあ。健全なる大地に吹く風はいいなあ〜。素直な人間になれるよ。」 風小僧が、ヒュ〜っと返事をした。 「風小僧は、気ままでいいなあ〜。」 双眼鏡に天軸山に登る人々が見えた。 「こんな夜に、あの人たちは天体観測なんですねえ。」 アニーはテレビを見ていた。テレビを見ながら答えた。 「あそこからは雲海も見えるんですよ。きっと撮影しに来てるんですわ。」 「うんかい?」 「霧の海です。」」 「撮影するほど綺麗なんですか?」 「今頃の無風の夜だと、天軸山の山頂から、月の光に照らされて雲海が広がっているのが見えます。それはそれは幻想的で綺麗なんですよ。」 「月の光に照らされた雲海…、ですか。」 「はい。」 「見てみたいなあ〜。」 「今夜は、たぶん風が強いので無理だと思います。」 「じゃあ、登っても無駄ですねえ。」 「たぶん、風が止むと思って登ってるんでしょうねえ。山の天気は変わりますから。」 「じゃあ止むかも知れないんですね。」 「さ〜〜あ、どうでしょう?難しいなあ。」 公園内を凧を持って歩いている人が見えた。 「あれっ、夜に凧なんか持って、何するのかしら?」 「今日は土曜日だから、いつもなら夜凧供養(よだこくよう)が行われるんですけどねえ。今日は駄目かな。」 「よだこくよう?」 「七色に光る凧を上げるんです。」 「それは見たかったなあ。」 「来週は見られますよ。」 「ここには、いろいろなことがあるんですねえ。」 「夜になると、高野山は賑やかになるんですよ。」 「そうなんですか。」 テレビでは、新宿の暴動がほぼ治まったことを伝えていた。そこには、頭脳警察・ハルの姿はなかった。 姉さんはテレビを横目で見ながら言った。 「完全に鎮圧されましたね。」 「そうですね。」 テレビでは、大学教授のハレンチ事件をやっていた。
今夜七時ごろ 渋谷駅で 大学教授が痴漢行為で逮捕されました…
姉さんは、眉をひそめた。 「まぁたですか?どうしてインテリがこんなことをやるんでしょうね?」 「知識人であっても、知能人じゃないんでしょうね。」 「知能人?」 「知識人イコール知能人ではない。」 「なるほどね。だから、小学生でも分かるようなことをやるんだ。」 「知能は、幼稚園児かも知れませんね。」 「マザコンだったりしてね。」 「けっこう多いですよ。おっぱいの好きな、そういうタイプ。」 「おっぱいの好きな?」 「マザコンは、女性の乳房が好きなんですよ。精神が子供なんです。」 「なあるほど。」 「闘争心のない、未熟な男に多いんですよ。」 「闘争心のない未熟な男…」 「痴漢と言えば、高野山には有名な痴漢熊がいるんですよ。」 「痴漢熊?」 「高野山内までは来ませんけどね。来ても、なぜかニート革命軍の人間村あたりまでなんですよ。」 「じゃあ、ここまでは来ない?」 「はい。」 「どうしてですか?」 「お墓が嫌いなんでしょうかねえ?」 「何か感じるんでしょうかねえ。異様な雰囲気を。」 「霊気を感じるのかも知れませんね。」 「人が多いからじゃないんですか?」 「そうかも知れませんね。」 「痴漢って、何をするんですか?」 「お尻を撫でるんですよ。」 「いやらしい熊だなあ。」 「それだけですか?」 「はい。撫でたらさっさと逃げて行くそうです。」 「変な熊だなあ?」 「まるで、からかってるみたいに逃げて行くんだそうです。」 「暇な変な熊だなあ〜?」
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