秋の初めの風の妖精たちが、ちょろろんちょろろんと高野山(こうやさん)の高原を我が物顔に駆けていた。ときおり、ヒュ〜ヒュ〜と口笛を鳴らしながらのことだった。 「風小僧は、こうやって世界中を旅してるんですねえ。」 「えっ?」 「この風は、ひょっとしたら一週間前には北極にいたかも知れませんね?」 「えっ?」 「どすこいどすこいの秋の風は、食欲をそそる匂いだなあ〜。」 「葛城さんって、面白い感性してますね。」 「そうですか?」 「あっ、まぁたムササビだ!」 きょん姉さんが双眼鏡を持って窓越しにムササビを観察していると、宅配便のニューエネジーカーがパンパカパ〜ンといやらしいクラクションを鳴らしながら通り過ぎて行った。狸みたいな動物が、その音に驚いてひょこひょこと逃げて行った。 「天狗の宅配便だ。」 宅配便のクルマは、灯篭(とうろう)が照らす墓の道に向かっていた。 「あらら、お墓に行っちゃうよ。」 アニーはベッドから起きて、テーブルの前に座り姉さんが作ってくれたトマト料理を食べていた。 「トマトって、玉ネギで和えると美味しいんですねえ。こういう食べ方、初めてだわ。」 姉さんが得意げに解説を始めた。 「玉ネギをみじん切りにして水にさらし、トマトを湯剥きにして食べやすい大きさに切り、今回はドレッシングですけど、ほんとうはオリーブオイルと酢と塩・コショウで合わせるんです。」 「さすがですねえ。」 「食いしん坊ってことですか?」 「えっ、そういう風に聞こえました?」 「聞こえました。」 「そうじゃなくって、お料理が上手なんですねえって言いたかったんですよ。」 「あっ、そっか。」 「葛城さんて、感性が男っぽいんですね。」 「そうかなあ?」 「竹を割ったような性格ですわ。」 「そうかなあ?あの灯篭の道は、どこに向かっているのですか?」 「奥の院へと続く参道の一つです。」 「奥の院?」 「弘法大師・空海が生きて眠っているところです。」 「生きて?ですか?」 「そういうことになってます。魂は生きて高野山を見守っているんだそうです。」 「ああ、そういうことですか。お墓って、どのくらいあるんですか?」 「約二十万以上です。」 「二十万以上も!」 「主に。皇室や武士のお墓です。戦国大名の六割以上があるとされています。」 「織田信長とか、徳川家康とかですか?」 「はい。」 山の彼方では、遠雷が轟き光っていた。 「嵐が来るんでしょうか?」 「おそらく、大台ケ原の雷雲です。いつもここまでは来ないで、あそこで止まるんですよ。」 「大台ケ原…」 「昔から、人が入らない秘境で、妖怪が出るところです。」 「妖怪?」 「はい、一本タタラという片目片足の妖怪です。」 「いっぽんたたら?」 「大台ヶ原は開山されたのが明治になってからで、それまでは妖怪の住む山と恐れられていたそうです。」 「どんな妖怪なんですか?」 「悲しい声で人を呼び止め、不思議な身の上話を始めるんだそうです。」 「それだけだけですか?」 「その話を聞き終わると、なぜか気が狂うんだそうです。」 「え〜〜〜ぇ、どんな身の上話なんだろう!」 「それを知っていたら、きっと私も気が狂っていますわ。」 「なんだか、襲われるよりも怖い話だわあ。」 「そうですよね。」 「サイコ・キラーですね。」 「サイコ・キラー?」 「トーキング・ヘッズです。」 「あ〜〜、ニューヨークのトーキング・ヘッズ!わたしも好きだったバンドです。」 遠く大台ケ原の方で、ときおり一本タタラを崇(あが)めるように雲が光っていた。 アニーが悲しい顔になった。 「でも、地球温暖化で日本が亜熱帯気候になってからは、ときどきゲリラ豪雨や竜巻が来るんですよ。」 「そうなんですかぁ。」
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