「なんだ、ありゃあ!?」 アキラは、やや遠くの大きな木を指差した。 木と木の間を、何かが飛んでいた。 「あ〜、あれか。あれはな、ムササビだよ。」 「ムササビ?」 「そうだよ。おまえ、見たことないの?」 「見たことないよ。はじめてだよ。」 「ああ、そう。夜行性だから、夕方から夜が明けるまで飛び回っているんだよ。」 「あ〜、そうなの。」 「山から、餌を食べに来るんだよ。」 「何を食べに来るの?」 「木の実とか、だな。」 「兄貴は、よく知ってるねえ。」 「大菩薩の山育ちだからな。大菩薩にもいたよ、ムササビ。」 「あ〜、そうなの。」 「こうやって、土手の上に座って一人で月を眺めていると、よくやって来たなぁ〜。」 ショーケンは思い出したように、月を見ていた。 「あいつら、臆病だから、雨が降ると遠くには飛ばないんだよ。」 「なんで?」 「雨が振ると、枝が濡れるだろう。つかみそこなって、おっこちるんだよ。」 「だから飛ばないんだ。」 「ムササビは人を見るんだよ。」 「人を見るって?」 「気に入らない人間には近寄らないんだよ。」 「いつごろの話よ?」 「十五か十六くらいのときの話だよ。」 「そこには、学校とかはあったの?」 「そんなのはねえよ。教師みたいなのはいたけどな。」 「何人くらいいたの?」 「百人くらいかな。」 「有名人ばっか?」 「まあ、そうだったんだろうな。俺は、有名人ってのを知らねえから分からなかったけど。」 「まったく外には出られなかったんだ?」 「そうだよ。」 「自由な時間とかはあったの?」 「夕方、食事の後、自由になれる時間があってな、こうやって月を眺めてたんだよ。」 「月をねえ…」 「月って言うよりも。自分の運命を眺めていたんだろうな。」 「自分の運命?」 「一人になると、妙に寂しくなるんだよ。でもよ、なぜかその寂しさが友達なんだよ。その友達に会いたくなるんだよ。変な話だろう。」 「変だねえ。でも、なんとなく分かるよ。」 「俺はいったい何なんだって?いつも考えてたよ。人間のようだけど、人間ではない、コピー人間。」 「悩んだんだ。」 「いつも、何もない空しさがやってきてな。」 「何もない空しさ?」 「親も兄弟も無い空しさだな。根拠の無い存在って言うかな。」 「今でも?」 「ときどきはあるけど、もう無いよ。慣れっちまったんだな。」 「偉いなあ。」 「逆にプライドを持って生きてるよ。」 「プライド?」 「クローンの誇りってやつだな。」 「クローンの誇り?」 「俺は、普通じゃないところから生まれたんだという誇りだよ。屈せずに、こうやって生きているんだという誇りだよ。死なないで生きている誇りだよ。」 「ってことは、死ぬほど苦しんだってことか?」 「まあな。」 「そうっかぁ。兄貴も苦労したんだなあ。」 「別に苦労はしてないよ。単なる心の問題だよ。」 「そこんとこが、兄貴の凄いとこだなあ。」 「仕方ないことを、いくら考えても仕方ないだろう。」 「まあ、そうだけど。大菩薩を逃げたのは、いつなの?」 「二十の誕生日だったよ。」 「それ以来、極秘指名手配ってわけか。」 「そういうことだな。」 「大菩薩かあ…」 「俺たちはみんな、クローン人間の実験動物だったんだよ。」 「で、今でも頭脳警察に追われてるってわけだ。」 「そういうことだな。」 「捕まったらどうなるの?」 「さ〜〜あ、また、大菩薩かな。それとも…」 「それとも?」 「…処刑かな。」
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