窓の外では、意地っ張りの虫たちが、われよわれよと競い合って鳴いていた。 隣の部屋から母親の声が響いた。 「まさと、あんまり無理しちゃだめよ〜。」 真由美は、お兄ちゃんの隣に正座して座っていた。まさとはパソコンの画面を睨みつけていた。 「お兄ちゃん、そんなに頑張ったら、目が疲れるよ!」 「うん、そうだなあ。」 「案山子(かかし)、分かったの?」 「うん、分かったよ。線を繋いで、このファイルを入れるんだよ。」 お兄ちゃんは、画面を指差した。 「そうなんだ。休憩しようよ。」 「そうだなあ。」 「コーヒーがいいかなあ。お茶がいいかなあ。」 「冷たいジュースがいいなあ。」 「あっ、そうだねえ。頭を冷やさないとね。」 「じゃあ、頼むよ。」 「すぐ持ってくるから、待っててね。」 真由美は、台所に行くと、オレンジジュースの入った2リットルのペットボトルを両手で持ってすぐに戻ってきた。 「よいしょ、よいしょ。はい!」 座り机の上に、どんと置いた。それから、台所に引き返しコップを持ってきた。 「なんだよ、おまえのコップも持って来いよ。」 「あ〜、そぉうだね。」 真由美は、コップを持ってさっさと戻ってきた。 まさとは、ペットボトルの蓋を開けると、真由美ちのコップに注ぎ、それから自分のコップに注いだ。 真由美が、「かんぱ〜い!」と言った。 「なんの乾杯だよ?」 「パソコンにかんぱ〜い!」 「じゃあ、パソコンに乾杯〜!」 お兄ちゃんは飲み終わると立ち上がった。 「困ったな〜〜。」 「どうしたの、お兄ちゃん?」 「線が無いんだよ。」 「何の線?」 「案山子(かかし)に繋ぐ線。」 「それが無いとだめなの?」 「駄目だなあ。」 「どぉおしましょう?」 「保土ヶ谷さんのところにもらいに行くか。」 「今から?」 「まだ早いだろう。」 「九時だわ。」 「なんだ、もうそんな時間か。」 「明日にしましょう。」 「そうだなあ。これをクリックすると鳴ると書いてあるなあ…」 「今、鳴るの?」 まさとはクリックした。 < わん! わん! わん! …… > 「お〜〜〜!」 まさとは、途中で止めた。 真由美ちゃんは、目を開いて驚いた。 「わ〜〜〜!」 「これなら大丈夫だなあ。」 「これなら、狸も逃げていくわ。」 「熊も逃げていくな。」 「熊はどうかしら?」 「う〜〜ん、そうだなあ。熊は強いからなあ。案山子の顔がなあ…、迫力ないなあ。」 「龍次さんは、熊は近眼だって言っていたわ。」 「あ〜〜、そうかぁ?」 「今日は、これで終わり。」 「そうだな。」 「スイッチを切って、はい終わり。」 まさとは、終了ボタンをクリックした。 「龍次さんが、無理に目や頭を使うと、脳みそバ〜ンになって爆発するって言ってたわ。」 「脳みそバ〜ン?」 窓の外では、母なる大気の夜風が高野山の木々を楽器のように鳴らしながら駆けていた。月が雲間から遠慮深げに闇夜を照らしていた。風の合間で、草花の下で虫たちが精一杯に鳴いていた。
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