高野山にアナウンスが流れた。
< 暴走車 および暴徒は 高野山警察により確保されました >
アニーは天井を見ながら溜息をついた。 「あ〜〜、良かったぁ〜!」 きょん姉さんはテーブルの前に座って、トマトを眺めていた。 「高野山警察の封鎖も甘いねえ。ここまで突破されるなんて。」 「そうですね。」 テレビでは、暴動に関する同じニュースが流れていた。 姉さんはテレビを見た。 「いつまで続くんですかねえ、この暴動…」 「たぶん、明日までには落ち着きますよ。計画的な行動パターンではありませんよ、これは。」 「そうですね。だったら、猿狩り狙撃隊は出ないですね。」 「たぶん。」 「出たら、大変なことになりますね。」 「出ても、ゴム弾使用ですから。」 「そうですけど。」 「この様子では、出ませんよ。」 「そうですね。高野山には、普通の警察だけなんですか?」 「いいえ。忍者隊・月光という特殊部隊があります。」 「忍者隊・月光?」 「はい。」 「どういう部隊なんですか?」 「実は、私も見たことがないんです。」 「そうなんですか。」 「忍者隊って言うくらいですから、忍者みたいに秘密裏に行動するんじゃないでしょうか。」 「なんか、見てみたいなあ。」 「ここにいると、いつかは見れますよ。」 眠っている福之助の目が開いた。アニーはびっくりした。 「あれぇ?」 姉さんも福之助を見ていた。 「十分に一回、目を覚まして状況を確認しているんです。」 「あ〜、そうなんですか。」 「旧式なんです。」 福之助が答えた。 「姉さん、そりゃあないよ!」 言い終わると、目を閉じた。 「ああやって、人間に危害がないと、目を閉じるんです。」 「もし、あったらどうするんですか?」 「補助電源を使って起き上がります。」 「なるほどね。さすが、補助ロボット。」 「あまり頼りにはなりませんけどね。」 「そんなことありませんよ。」 「そうですか?」 「いるだけで、心強いですよ。」 「そうなのかなあ?」 「そうですよ。」 姉さんは、テーブルの上のトマトに目が行った。 「せっかくの新鮮なトマト。このトマトでも食べて寝ましょうか。」 「そうですね。」 「トマトを食べて寝ると、目覚めがいいんですよ。」 「ええ、そうなんですか。」 高野山に夜の冷気を帯びたベールがやってきて、風と会話を交わしていた。時は、どすこいどすこいと力強く流れていた。 アニーが窓を見た。 「風が強くなってきましたねえ。」 「そうですねえ。」 と言いながら、姉さんは窓際に歩み寄り、カーテンを少し開けて外を見た。 「なに、あれ!?」 「どうかしたんですか?」 「飛んだんですよ。何かが、木から木へと…」 「あ〜〜、ムササビですよ。」 「ムササビ?」 「この辺りには、ムササビが多く生息しているんです。日没から餌を求めて飛び回るんです。」 「ムササビ…」 「初めて見たんですか?」 「はい。」 「近くで見ると、目がクリクリして可愛いんですよ。」 「そぉうなんですか?」 「奥の院の参道に並ぶ杉の木には、たくさんいますよ。」 「奥の院の参道?」 「織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信ら武将の供養塔があるところです。」 「どこにあるんですか?」 「この丘の向こうです。高野山を攻めた織田信長の供養塔もあるんですよ。」 「え〜〜〜!?」 「弘法大師の教えには、敵も味方もないんですよ。皆、同じ人間なんです。」 さきほどまでコーラスで歌っていた虫たちは、風の音に怯え黙っていた。雲が月の下を泳ぐように流れていた。
|
|