道の脇の土手の上に、修験道(しゅげんどう)の服装をした者が立っていた。 「待ちたまえ!」 男の声だった。 その男は、マイケルジャクソンのような軽い足取りで、音もなく猫のように土手を降りてきた。 警官の前まで進むと、ムーンウォーカーのように止まった。 警官の一人が、その修験者(しゅげんじゃ)風の男に向かって声を発した。 「マイケル聖(ひじり)!」 他の三人の警官も、まるで訓練されたような同様な声を発した。 「マイケル聖(ひじり)!」 マイケル聖(ひじり)はターンして、暴徒に顔を向けていた。 「ここは、聖なる場所ですぞ!」 「聖なる場所?」 「世の中を恨んでも、救われませんぞ。」 「うるせ〜〜、くそ野郎!」 「あなた自身を変えなければ、救われませんぞ。」 「これ以上がたがた言ってると、このじじいを、ぶっ殺すぞ!」 「人を恨んでも、魂は救われませんぞ。」 「うるせ〜〜!」 「猿には、人間の言葉は通じないみたいですな…」 男は、猿みたいに興奮していた。 警官の一人がマイケルに言った。 「マイケル聖(ひじり)、精神安定スプレーを使いましょうか?人間に戻るかも知れません。」 「この男には無駄だよ。目が人間の目ではない。欲望だけの獣の目だ。」 マイケル聖(ひじり)の言葉に、警官は黙った。 「ノウマクサマンダバザラダンカン!」 一人の警官が呟いた。 「不動明王の真言…」 修験者は、忍者のように両手で印を結ぶと、猿のような男に向かって天にも届くような奇声を発した。 「きぇ〜〜〜ぃ!」 猿のような男は、ピタッと動かなくなった。急いで、警官たちは動かなくなった猿を確保した。 警官の一人が、マイケル聖(ひじり)の前で、深々と頭を下げた。 「不動金縛り法!お見事です!恐れ入りました!」 「余計なことをしたかな?」 「いいえ、とんでもない、助かりました!」 新たなパトカーがやってきた。 「じゃあ、わたしはこれで!」 「マイケル聖(ひじり)、ありがとうございます!」 「マイケルでいいよ。」 「じゃあ、マイケル、気をつけて。」 「じゃあ、アッバ!」 マイケルが一歩踏み出したときに、何かを落とした。警官が気付いた。 「何か落としましたよ。」 マイケルは立ち止まり、振り返ると足元を見た。 「おっとっと、大切なものを!」 「何ですか、それ?」 「mp3プレーヤーだよ。わたしの魂のマイケルジャクソンが入っているんだよ。」 「ああ〜、それはそれは。」 「じゃあ、アッバ!」 マイケルは、イヤホンを両耳に当てると、ムーンウォーカーの足取りで、人気のない山に向かって歩き出した。高野山の野原のステージで、月明かりだけがマイケルを照らしていた。風が無常を歌い、ススキが騒いでいた。 遠くの方で、猿狩り小次郎が旋回していた。
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