「龍次さん。あんまり高いクルマや自転車に乗らないほうがいいわよ。」 「なんで?」 「最近、僻(ひが)む人が多いから。そういう人に知らないうちに憎まれるわよ。」 「そんなに高くはないよ。」 「そうかしら?」 「そんなこと気にしてたら、生活できないよ。」 「まあ、そうなんだけどさあ。」 「人間はね。僻(ひが)んだら負けなの。」 「僻(ひが)んだら負け?」 「つまり、金持ちは僻む貧乏人を見て楽しんでいるわけよ。」 「そうなの?」 「ああ、そうだよ。生かさず殺さずにね、楽しんでるわけ。」 「そぉおなんだ。」 「だから、顔に出しちゃあ、やつらの思う壺なんですよ。僻む人間を見て、心の中で喜んでいるんだよ。いやらしい連中なんだよ。」 「いやらしいわねえ。」 「そうなんだよ。金持ちは、いやらしいんだよ。」 「意地悪ねえ。」 「金持ちは昔から意地悪なんだよ。極端に言うと、それが生きがいなんだよ。」 「だから、どんなに苦しくても僻んだ顔をしちゃ駄目なのね。」 「そういうことなんだよ。」 「僻(ひが)んで暴走するやつもでてくるしね。」 「彼らを、それを待ってるんだよ。自暴自棄になって暴れまわることを、見て楽しんでるんだよ。」 「暴走を見て楽しんでいるの?」 「馬鹿が地団太踏んで暴れ回ってるのを見て、楽しんでるんだよ。警察に捕まったり、事故を起こしたり、怪我したりして損するのは、暴れてる連中だからね。」 「そういうことなのか。今、分かったわ。」 「今日の暴動だって、退屈しのぎの花火見物みたいに見ているんだよ。」 「期待通りの展開ってわけね。」 「そういうことだね。」 「人間の心って、いやらしいねえ。」 「こういうカラクリ心理は、歳を取らないと分からないよ。」 「からくり心理?」 「そう、からくり心理。」 「な〜るほどねえ。」 「それだけじゃないよ。」 「うん?」 「僻(ひが)んだら、みんなに虐(いじ)められて負けちゃうの。だから、絶対に僻(ひが)んじゃ駄目なの。どんなに苦しくても楽しい顔をして我慢するの。格闘技と同じだよ。弱いところを見せたら、そこを攻められるだろう。」 「なるほっどね。」 「人間も動物だろう。本能的に僻(ひが)んでる弱いものを虐(いじ)めるんだよ。」 「動物と同じなの?」 「弱いってのは、精神的に弱いっていう意味だよ。動物はね、本能的に群れについていけなかったり、乱す我侭(わがまま)なものは追いやったり、みんなで殺したりするんだよ。自分たちの群れを守るために、協調できないものは容赦なく殺すんだよ。」 「そうなんだ。」 「僕はね、男も女も、僻(ひが)む人間は嫌いなの。」 「わたしも嫌い。」 「自分ではちっとも努力もしないで、優れた人間を見ると僻む、優れた人間の悪口を言う。そういう人間は、人間のクズだね。」 「わたしも、そう思うわ。」 「これは、きっと動物の本能だな。」 「じゃあ、わたしもそうなのかなあ。」 「人間の心には人間の心を見る能力があるんだよ。」 「やっぱり、龍次さんはインテリだわ。そこらへんのボンクラとは、言うことが一味違うわ。」 「一味?」 「ひょっとしたら、二味かな?」 「二味にしてよ〜〜〜!」 龍次は笑っていた。
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