根来衆バンドの一団は、三十分ほどで店を出て行った。 龍次と蝶子は、一団を横目で見ていた。龍次が彼女に尋ねた。 「サインとか、もらっちゃえばよかったのに?」 「いいの。」 「あっ、そう。」 店の外では、人々が右往左往していた。龍次は溜息をついた。 「まだ終わりそうもないなあ。」 「そうですね〜。」 龍次は、折りたたみの自転車で、ピンクのフレアスカートをひらひらとなびかせて走る女性に目が行った。 「蝶子ちゃん、自転車乗る?」 「乗るわよ。なんで?」 「どんなの乗ってるの?」 「普通の。ママチャリってやつ。」 「ああ、前かごのついたやつね。」 「そうそう。」 「僕ね、最近ああいう折りたたみの乗ってるのよ。クルマに積んで。」 「クルマに積んでるの?」 「そう。いいところがあったら、自転車に乗り換えて散歩するんだよ。」 「自転車で散歩するの?」 「そう。ゆっくりとね。景色を見ながら、ちんたらちんたらと、画家のように。」 「ふ〜〜ん。そうやって、残り少ない人生を味わっているんだ。」 「なんだって?」 いつもの彼女的な答えに、龍次は笑った。話を続けた。 「カメラで、パチリパチリと町や村の風景を撮りながらね。」 「なんか面白そうね。」 「面白いよ。土地の人とも話せるしね。ときどきスマートな素敵な女性とも出会えるし。ロマンチックだよ。」 「それが目的なんだ。」 「違うよ〜。たまたまなんだよ。この前なんか、メールアドレスもらっちゃった。」 「ほら〜〜、やっぱり!」 「違うって!偶然なのよ。」 龍次は携帯電話を取り出した。 「この人。なかなか美人でしょう。」 「ほんとだぁ…、土地の人?」 「違う。なんでも大阪とか言ってたよ。」 「住所は知らないんだ。」 「初対面な人には、そこまでは教えないでしょう。」 「そうだね。何人目?」 「何人目?」 「これで?」 「…五人目かなあ。」 「な〜〜んだ、それだけ。」 「別に、それが目的じゃないから。」 「ま〜たぁ。」 「ほんとだよ。ロマンチックが目的なの。」 「女性とのロマンチック?」 「詩的なロマンチックだよ。まあ、それも含まれているのかも知れないなあ。」 「女は、そのロマンチックって言葉に弱いんだよな〜。」 「ああ、そうなの。」 「現実の生活が、ちゃちで夢のない変な男ばっかりで、ちっともロマンチックじゃないから。」 「ああ、そうなの。」 「龍次さんは、A型の潔癖性だからね。」 「うん?」 そのことには、あまり興味のないような感じだったので、蝶子は話題を変えた。 「その自転車、今も積んであるの?」 「あるよ。いつでも積んであるよ。」 「軽いの?」 「軽いよ、チタンだから。片手で持てるよ。」 「高そうね?」 「まあね。三十万ちょっとだったかな。」 「そ〜んなにするの。凄いなあ〜。さすがだわ。」 「やっぱ、いい自転車は疲れないよ。乗ってて気持ちがいい。」 「いいなあ〜。乗ってみたいなあ〜。」 「乗ってみたい?」 「うん。でも今の身分じゃ、そんなのは買えないわ。」 「じゃあ、買ってあげようか。」 「えっ、ほんと?」 「十万以下のやつだったらね。」 「え〜〜、ほんと?」 「その代わり、月に一回、僕と一緒にポタリングするのが条件。」 「ポタリング?」 「自転車散歩だよ。」 「ポタリングって言うの?」 「ポタル。ぶらつくっていう意味だよ。」 「ふ〜〜ん。泊まりとかはないんでしょう?」 「そんなところには連れて行かないよ。」 「別に、龍次さんだったらいいんだけど。」 「どういう意味?」 「人畜無害のジェントルマンだから。」 「そういうことか。」 「いいわよ。土日だったら。」 「おお〜〜、じゃあ早速自転車を買いに行こう。」 「気が早いのねえ〜。龍次さんは、どこで買ったの?」 「インターネット。高いのは、町の自転車屋さんでは売ってないんだよ。」 「じゃあ、このパソコンで探せばいいじゃない。」 「あっ、そうか。」 龍次は、パソコンに向かうと、検索を始めた。 「レンタル畑ってのをやっているんだよ。」 「レンタル畑?」 「住宅地の近くの耕作放棄地を安くで買ってね、そこを野菜作りの好きな住民にレンタルしてるんだよ。」 「へ〜〜え。龍次さんの家の近く?」 「ああ。」 「それ、いいアイデアだわ。」 「だろう。駐車場みたいに整地する必要もないし。」 「あったまいい〜!さすがインテリ!」 「いいだろう。レンタル畑。」 蝶子は、なぜか龍次の目を見つめていた。 「どうしたの?僕に惚れたの?」 「龍次さん!」 「なに?」 「もっと小さい声で話したほうがいいわよ。」 「なんで?」 「聞いて真似する人がいるから。」 「そうかなあ。」 「そういうのって、どうやって思いつくの?」 「人々が欲するものを、冷静に考えると、自(おの)ずと思いつくよ。」 「おのずとって何?」 「日本語だよ、これ?」 「どういう意味?」 「自(おの)ずとは、自(おの)ずとだよ。」 「なんだ、そりゃあ?」 「あらら、困ったなあ〜。」 「日本語なの?」 「そうだよ。」 「おのずと…、それ方言でしょう!」 「違うよ。ちゃんとした標準語だよ。」 「おのずと…?は〜じめて聞いたよ。」 「困ったなあ〜。」
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