クリスタル・ヨコタンが出てきた。ショーケンの肩を、ポンと叩いた。 「終わったわ。」 「もう、終わったの。さすが。」 「さあ、帰りましょう。」 「あっ、そう。」 真由美は二人を注意深く見ていた。 「も〜う、帰っちゃうの〜?」 ヨコタンは、少女の頭を撫でた。 「また来るからね。」 「かっこいい歌手の人も帰っちゃうの?」 ヨコタンは指をさした。 「この人?ショーケンのこと?」 「うん、ショーケン!」 「そう、一緒に帰るわよ。」 「お茶でも飲んでいけば〜。」 母親が声を掛けた。 「そう〜うですよ〜。お茶でも飲んでいってくださいよ〜。」 真由美が台所に駆けて行った。 「わたしが、お茶を出すわ〜〜!待っててね〜!」 ショーケンが微笑みながらヨコタンに言った。 「まあ、ゆっくり帰りましょう。」 「そうね、せっかくだからね。」 お兄ちゃんが台所に向かった。 「お兄ちゃん、わたしが持っていくからいいわ。」 「お盆にのせてけ。」 「うん。」 少女は、お盆に載せてやってきた。それから、四角い座卓の上に置いた。 「座ってくださいよ。」 ヨコタンは正座して座った。ショーケンも正座して座った。 少女は、小さな手で湯呑みを二人の前に置いた。 「はい、どうぞ。」 ヨコタンの前には、母親が座っていた。 「どうもありがとう。」 隣には、ショーケンがいた。 「さんきゅ〜〜!」 ヨコタンはショーケンを見た。 「あら、いつも正座ですか?」 「はい。このほうが楽なんです。」 「お行儀がいいんですねえ。」 「このほうが楽なんですよ。」 真由美は母親の隣に座っていて、きょろきょろと二人を見ていた。 「お似合いだわ〜〜。」 ショーケンとヨコタンは、顔を見合わせて笑った。 お兄ちゃんが台所のほうから声を出した。 「真由美、そんなこと言っちゃあ駄目だよ。」 「なんでえ?」 「とにかく駄目なの。失礼なの。」 「は〜〜〜い。」 母親が、誤るような感じで、ゆっくりと頭を下げた。 「すみませんねえ。この子、寂しがりやなんですよ。人が来ると嬉しいですよ。」 ヨコタンは、笑みを浮かべて少女を見ていた。 「そうなんですかぁ。」 「寂しがりやか、じゃあ僕と同じだあ。」 「あら、ショーケンさんも?」 「ええ、ほんとうは寂しがりやなんです。」 「ほんと?」 「はい。」 少女は、相変わらずに、ふたりをきょろきょろと見ていた。 ヨコタンは、壁にかかっている表彰状に目が行った。 「わ〜〜〜、たくさんの表彰状!」 少女が答えた。 「これ、み〜〜んな、お兄ちゃんのよ。」 「何の表彰状?」 「マラソン大会のよ。」 一番左側に写真があった。 「あれは、お父さんですか?」 「お父さん。タクシーの運転手をしてたの。」 母親が語り始めた。 「若者の暴走運転を避けようとして、事故を起こしたんです。」 「そうなんですか。」 ショーケンも語りだした。 「だいたい、交通事故を起こすのは、営業車じゃなくって、たまに乗る自家用車なんだよなあ。」 ヨコタンも発言に加わった。 「日本は狭いのに、クルマが多すぎるのよ。アメリカと違うのに、マイカー・マイハウスでアメリカの真似をして、どだい無理なのよ。住んでる大地の広さが違うんだから。」 「そうだよ。だから、走れるのは営業車だけにすればいいんだよ。遊びは、電車かバイクか自転車。ヨーロッパみたいにね。」 「うん、そうだね。」 「大半の日本人は、そう思ってるよ。」 「そうだね。」 「思ってないのは、上の連中だけだよ。低脳の猿だから、クルマを与えて遊ばせれば、黙って奴隷みたいに働くと思ってる。」 「そうだね。」 「悲しいことに、その程度の人もいるけどさ。」 「ガソリン猿人みたいに?」 「そういうこと。」 「クルマでドライブすることが、裕福な文化生活だと勘違いしている。」 「文化的じゃあないわよね。野蛮人の行為だわ。」 「まるで、猿の遊園地だよ。」 「騙されない利口な人もいるけどね。」 「アメリカにはアメリカの、日本には日本のやり方があるんだよ。」 「そうですね。」 「結局、クルマが売れなくなると、困る連中がいるから売るわけだよ。」 「だれ?」 「いろいろいるでしょう。そういう人たちは。」 「儲けるためだったら、交通事故が増えようと病気が増えようと関係ないわけだ。」 「そういうことだね。」 「事故で人が死んでも、自由主義の自己責任ってことにするわけね。」 「そういうこと。」 「最初っから、方向が間違ってるわけね。」 「そういうこと。人間の競争本能を逆利用して儲けてるわけ。」 「なるほど。」 「一人一人が、もっと自覚しなくちゃいけないんだよ。」 「どういうふうに?」 「騙されてるって。」 「そうしないと、病気になって死んじゃうよ。」 「うつ病とか?」 「そういうこと、人間は結局は弱いんだよ。欲望を自分でもコントロールできなくなるんだよ。」 「だから、もっと自覚しろと?」 「そういうこと。」 「ショーケンさんって、ひょっとして共産主義者?」 「えっ、違うよ〜。自由主義者だよ〜!」 気が付いたら、二人は大学生のように熱心に語っていた。 ヨコタンの携帯電話が鳴った。 「はい。ヨコタンです。」 龍次からの電話だった。 「はい、直ぐに戻ります。」 ヨコタンはお茶を飲み干した。 「ごめんなさい。保土ヶ谷さんが呼んでるので行きます。」 母親が丁寧に頭を下げた。 「ありがとうございました。また遊びに来てください。」 「はい。」 ショーケンは少女に手を振った。 「まったね〜!」 お兄ちゃんも出てきて二人に礼を言った。 「どうもありがとうございました。」 二人は家を出た。 まさとと真由美は、家の前で見送っていた。 真由美は、二人が見えなくなるまで手を振っていた。 「また来てね〜〜!」
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