ロボット強奪容疑で全国極秘指名手配になったショーケンとアキラは、紀伊半島のどこかを彷徨(さまよ)っていた。 「兄貴、このカーナビ、また動かなくなっちまったよ。」 「お前が、へんなところをいじくるからだよ。」 「まわりは山だらけ。おまけに腹は減っちゃうし。コンビニはないし。」 「うるさいよ、お前。」 「だいじょうぶなの?だんだん道が細くなってきちゃったよ。」 「そうだなあ…」 「頼りないなあ。」 季節は、夏から秋に向かっていた。二人を乗せた中古の緑色のスポーツカーは、ススキ野の細い道を、のろのろと走っていた。 人家はまったくなかった。山々からは、さらさらと乾いた風が、子守の老婆ように、ススキたちを撫でていた。 ススキを見ながら、アキラが呟(つぶや)いた。 「なんか、ススキって、懐かしくって寂しいなあ…」 「行き止まりかぁ…」 ショーケンはクルマを止めた。 「アキラ、この先どうなってるか、ちょっと見てこい!」 「あいよぉ!」 アキラは、クルマから降りると、クルマの前方に向かって歩き出した。そして、見えなくなった。 「アニキ〜、駄目だあ〜!完全な行き止まりだ〜!」 なにやらポケットに入れ、植物を右手に握りながら戻ってきた。ドアを開け、ショーケンの顔を覗き込んだ。 「駄目だね。ススキだらけ。ジ・エンド!」 「しょうがねえな。バックするか。」 アキラはクルマに乗り込んだ。握っていた植物をショーケンに見せた。 「ススキの中に、変なの生えてたよ。何これ?」 「それはな。ヒエって言うんだよ。」 「そうなの。詳しいね。」 「田舎で育ったからな。」 「週刊誌もあったよ。」 「週刊誌?」 「今週号だよ。」 「ってことは、人が近くにいるってことか。」 「そうなるのかな?」 「そうに決まってるだろう。熊は読まねいだろう。」 「熊が読むわけないじゃん!あはは、あ〜おかしい!」 アキラは、上着のポケットからはみ出ている二つ折りの週刊誌を取って、ショーケンに見せた。 「なんだ、女性週刊誌か。」 「兄貴、少し休もう。」 「そうだな。」 アキラは週刊誌を読み始めた。 ショーケンは、エンジンを止めると外に出て、煙草を吸い始めた。吸いながら、きょろきょろと周りを見ていた。吸い終わると、クルマの中に戻ってきた。 「何読んでんだよ。」 「デイトレーダーって、何なの?」 「デイトレーダー?」 「知らないの?」 「デイトするレーダーのことだろ。」 「はずれ〜〜!なんだよ、兄貴。高校中退のインテリだろ〜。」 「何だったかなあ・・」 「デイトレーダーで、一日百万稼ぐ!だって。」 「ああ、分かった!株だな。」 「かぶ?」 「株だよ、株。」 「兄貴、じゃあ俺たちもやってみようよ。」 「おまえなあ、コンビニのバイトじゃないんだぞ。簡単に言うなって。」 「そういうものなの?」 「株ってのは、資金が要るんだよ。」 「じゃあ、資金があればできんだ。」 「まあな。」 「じゃあ、貯めてやろうよ。」 「アキラ、人間にはなあ。」 「えっ?」 「やって出来るものと、やっても出来ねえもんがあんだよ。」 「そうなの!」 「鳥は鳥で、絶対に魚にはなれねえだろう。魚は鳥にはなれねえだろう。」 「でも俺たち、鳥でも魚でもねえじゃん。」 「たとえだよ。つまり、そういうのは俺たちには無理なんだよ。」 「中学の学校の先生は、死ぬ気でやれば何でもできるって言ってたよ。」 「先生ってのは、世の中を知らねえんだよ。」 「そうなの。じゃあ、兄貴は先生よりも偉いんだぁ。」 「ああ。」 「へ〜〜〜、こいつは驚いた!」 「お前と話してると、あたま痛くなってくるよ。」 「兄貴にも、出来ねえことがあんだ?」 「人間はなあ、そんなことで儲けちゃいけないの。」 「なんでよ?」 「ちゃんと、汗水流して働くの。」 「そうなの、兄貴の仕事、いつも汗水なんか流さないじゃん。見たことないよ。」 「影で、流してんだよ。」 「へ〜、影でね。驚いた!」 「人に苦労は見せねえんだよ。」 「じゃあ、兄貴は共産党か?」 「きょうさんとう?なんだよ、いきなり。」 「うちの前のおじさんが共産党で、そんなことよく言ってたよ。」 「そうかよ。じゃあ、俺は共産党だ。」 アキラは、じろじろとショーケンの顔を見た。「なんだよ、気持ち悪いなあ。」 「やっぱ、どう見ても、その目は共産党じゃねえよ。」 「その雑誌、ちょっと俺にも見せてみろ。」 「あいよ。」 ショーケンは目次を見ると、ページをめくった。 「ネパールか。月一万で豪華生活、…ふ〜ん。」 「なに見てんの?」 「月一万で、3LDKの家に住めんだってよ。」 「ふ〜〜ん。そうなの。驚いた!」 「いいこと思いついたぞ。」 「ま〜〜た、始まった!」 「俺、ネパールに行くから、お前働いて、毎月3万ネパールに送れ。」 「ま〜〜〜た!今、汗水流して働くって、言ったばかりじゃん!」 「まあ、まあまあまあ、よく聞け。」 「いやだよそんなの。いつものインイキパターンでしょう。」 「インチキじゃねえよ。アイデアって言うの。」 「いつものインチキアイデアね。」 「俺、ネパールで嫁さん見つけるから、」 「なんだって!?」 「まあ聞け。お前、日本で旦那を見つけろ。」 「なんだって!?」 「結婚斡旋事業をやるんだよ。」 「けっこんあっせんじぎょう?」 「ネパールの女を、日本の男に紹介して、お金をもらうんだよ。」 「ま〜〜た、はじまったよ。汗水流して働くんじゃないの!」 「ネパールで、頭の汗水を流すんだよ。」 「もういいよ。そんな馬鹿話。」 「お前って、頭固いね。そんなんじゃ、出世(しゅっせ)しないよ。」 「出世(しゅっせ)なんかしなくていいよ。」 「分かった!これからは心を入れ替えて、人のための仕事を探そう!」 「まったく、兄貴は極端だよな〜!その言葉、何回聞いたかなあ。」 「そうかあ。」 「普通に働けないのかなあ。正義の最終夜逃げ救助隊とか、変なのばっかじゃん。」 「普通に働いてたら、ストレスと過労で死んじゃうよ。みんなばたばた死んでんだから。」 「そんなことないよ。頑張れば、一年で店長にだってなれるんだから。」 「みんな、そうやって騙されてんの。金のない馬鹿はね、み〜んなそうやって金のある利口に騙されるの。そして、過労で病気になるまで働かされて、そして死んでしまうの。」 「そんなことないよ。」 「そんなことあるの。」 「考えすぎだよ。」 「おまえねえ、世の中そんなに甘くないの。」 「うまくやってる奴もいるじゃん。」 「そういう奴は、もともと金のある奴なんだよ。親が金持ちなんだよ。」
突然、上空からヘリのローター音が聞こえてきた。 「兄貴、頭脳警察のヘリだ!猿狩り小次郎だ!」 「アキラ、バッグだけ持って逃げろ!」 「あいよ!」 アキラは、足元にあるバッグを取ると、ドアを開け飛び出した。 それを確認すると、ショーケンも飛び出した。 「雑木林に逃げ込め!」 左側には山があり、雑木林になっていた。 ヘリから、追跡ロボットのムサシが逆噴射で降りてきた。 クルマの中に人が乗ってないことを確認すると、指先の穴から細いノズルを出し、瞬間接着剤を鍵穴に噴霧した。 それから、山に向かって追跡を開始した。 アキラは走りながら、バッグの傘入れに刺してある対ロボット用の電撃手投げ弾を取り出した。 「あいよ、兄貴。」ショーケンに手渡した。 二人は、全力で獣道(けものいち)を走った。 追跡ロボットは早かった。 ショーケンの後ろを走っていたアキラが、後ろを見て叫んだ。 「兄貴、駄目だ!」 「お手上げを使うぞ。」 「分かった。」
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