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作品名:自殺が罪になった日 作者:札中A斬

第5回   5
「よく ある。使い捨て女だったって事でしょ」
 笹川がしゃしゃり出てきた。
「まあ、間違ってませんね。そこからはエッチして、その流れで彼が私の部屋に住み着いたんです」
「ふっ」
 大島が笑いをこらえきれずふいた。
「彼が住み着いてからは試合の遠征費や試合の手売りチケットノルマの不達成の罰則金を工面するようになりました」
「もういいよ」  
 議長が言った。
「最後まで聞いてください。これに味をしめた彼は私の給料日になると私の給料が振り込まれる銀行のカードを持ち出し、勝手にお金を下ろす様になりなした。この彼の異常な行為をその同僚に相談すると 別れをすすめられ、私も彼と別れるのは辛いけどこのままでは生活ができなくなるので別れを切り出す事にしました」
「まい。もういいって」
味方の前野も彼女を気遣い話し止めさせようとした。
「もお 少しさせて。私は別れを切り出しました。しかし、彼はもう 少し待ってくれ、二ヵ月後にアメリカのメジャー団体のトライアウトがあってそれに合格すれば、契約金もかなりの額もらえるし、ファイトマネーも今の十倍なんだ。それと まいに一緒にアメリカに来て欲しい。ゆく ゆく はまいと結婚する。だからもう 少しまってく れと言われ。私はそれを信じました」
「北原さん話すのが辛かったらやめていいのよ」
「辛いですよ。でもこの事を許可したのあなた ですよ」
彼女は水本に大声で言った。
「ごめんなさい。配慮が足りませんでした」
大人は何かと配慮が足りないという言葉で逃げようとする。 配慮とは言い訳で使用して良い言葉ではない。
 いつしか、配る心も無い奴らが都合よく 使う 言葉になってしまった。
 話はかわってるよう で変わりませんが。この前々日の岐路灯カレンダーにはこのような言葉があった。
〈「心配してたよ」今の人はこの言葉を伝えるとき。心を相手に配れているのでしょうか?〉
「ここまで話してやめれるわけないでしょ。最後まで聞きなよ。それで合コンのネタにでもすれば。その後、彼はトライアウトに合格し、私は学校を辞める手続きを取ろうとしていました。しかし、彼は手切れ金と今までの借金として現金三〇〇万円の入ってる封筒を私の前に差し出しました。受け取らない私を見て彼は私のTシャツの襟から体の中にお金を入れ。助かったよ。と吐き捨てさっていきました。その夜、一回目の自傷をしました。その数一〇分後、彼が私を捨てるという事が目に見えていて私のことを心配してた 同僚が彼の知人から彼が私を捨てたことを聞きだし、慌てて駆けつけ私の出血に腰を抜かしながらも救急車を呼んでくれました。そして、医者に申告され逮捕されました。このあと 、立ち直れなかった私は二回目、三回目と 罪を繰り返し、逮捕せれ四回目で到頭ここに来ました」
 彼女は一、二回目は逮捕されたものの起訴はされず、三回目で執行猶予、四回目で実刑になった 。
「今日はちょっと 早いけど。ここで終わりましょう」
 水本はこの前彼女に面目を潰されたので笹川の彼女を困らせるための提案に手を貸し、困り果てる彼女の顔を拝んだところで、いつもの実のないディスカッションに戻そうとしたがそうは彼女の問屋が卸さなかった。彼女の生々しい話に罪悪感を抱き、それに耐えられなく なったのでディスカッションを開始四分で強制終了させようとした。
 ちなみにこのディスカッションは法務省の通達で所要時間を一時間と定められている。
「じゃあ。最後に私は牛の世話と笹川さんのつまらないいじめを消滅されるために労力を費やしていたら死にたい事を少し忘れました。だから、私は次、彼に会ったら彼に教えてもらった。腰の回転を利用した右ストレートで顎をぶち抜きたいと思います」
 彼女は立ち上がり。パンチを打つ足のスタンスに足を開き、その構えをして本格的な右ストレートを放った。
「おお。すげえ」
 前野が彼女のパンチに興奮して声を出したあとに笹川とその片割たちと刑務官たち以外は彼女に盛大な拍手を送った。
 そして、ディスカッションは終わった。
この翌日。
 彼女は午後の厩舎そうじを終え刑務所に戻ろうとしていた。
「あー。この扉おもい」
「北原」
 厩舎脇から刑務所に戻ったはずの笹川が出てきた。
「何ですか? また腹癒せするんですか?」
「違うよ。あんたも男に人生狂わされて大変だったね」
「どうせざまあみろとか思ってるんでしょ?」
「おもってないよ。あんなに酷いことされてたとは思っていなかったんだ。水本が男に免疫がなく てふられたからいつまでも未練たらたらでリストカッターになった言ってたから。すこしからかってやろうと思ってやっちゃったんだよね」
「もし そう だとしても、そんなことからかう のは最低だよ。あんたも同じ様な事してここに入ってきたんだから自分がどれだけ残酷な事してるかわからないのいい年して」
「ごめん。でも私自殺未遂なんてしてないの」
「じゃあ。なんでここにいるの?」
「私、さあ。作家志望の男と同棲してたんだ」
「それで?」
「その男がパチンコ代欲しさに自殺なんてしてない私を警察に突き出したんだ。それを四回繰り返してここにいます」
「そうなんだ。だからといって。こんなところでいじめはだめでしょ」
「そうだよね。もうしない」
「頼むよ」
「ねえ」
「なに?」
「私と友達になって」
「やだ」
「そんなこといわないで」
「だってもういるから」
「どうしてもやだ?」
「うん。……わかったよ」
「よかった。じゃあ。テレビ見に行こうか。まいちゃん」
「まいちゃんって呼ばないで気持悪いから」
「まいでいい?」
「そのほうがいい」
 彼女はあまり気乗りしなかったが彼女の自傷話に自分をだぶらせ彼女に好感を持った笹川と友達になった。
 そして、翌日の昼休み。
 母親と共に同僚の後輩教師が面会に来た。
「まい。どう? 一週間経ったけど」
「どうって。おかげさまで髪の一本一本に牛糞の臭いがしみこんでおります」
「ふっ」
「おい。あゆみわらうんじゃねーよ」
 彼女は面会室の自分が座っている席のテーブルをた叩いた。
 この刑務所の面会室には仕切りが無い。更に監視する刑務官もいない。
「ごめんなさい」
「つうか。お前。何で来てんの?」
「先輩を心配してるからに決まってるじゃないですか」
「そうよ。それにあゆみちゃんが駆けつけてく れなかったら……」
「お母さん。今生きてるんでからそんなこと言わないで。いちおう、命の恩人だからまあいっか。同席を許す」
「囚人が偉そうに」
「やっぱ。帰れ」
「刑務所ジョークですよ」
「調子にのんな。お前があんなところ連れてくからあんなことになったんだからね」
「それはそう ですけど。それより。清盛さん。打ち切られたって新聞に書いてありましたよ」
「えっ。そうなの?」
「何心配してるんですか。ここから出ても絶対に会わせませんからね」
彼女とプライベートも一緒に過ごしていた 里咲は彼女の動揺を見抜いた。
「そう だよ」
「二人で言わなく てもわかってるよ」
「あゆみ。それより、うちのクラスどうよ?」
「とく に変わった事はないですけど。やっぱり心配してますよ先輩の事」
 里咲は彼女が担任している六年二組の副担任で彼女が服役中なのでこのクラスの担任を任されている。
「そうか。でも、病気という事になってるからちょっと複雑だよね」
 この刑務所の入所に当たり、雇い主側は雇用契約を打ち切ってはならないと生命放棄阻止法に定められている。
 彼女の場合は学校側の配慮で生徒、保護者には女性特有の病気で入院している事になっている。
「さっき。廊下で他の受刑者さんとすれ違って少し会話したけど。なんか自殺未遂したって感じじゃないぐらいにさわやかだったよ」
 彼女の母親がさらっと話題を変えた。
「それって。もしかして、左のこめかみ辺りにいぼがある人でしょ?」
「そうだね。あったかもしれない」   
「あの人は……わからない」
 彼女は沈黙したあと首を傾げて答えた。
 その受刑者は笹川だったが笹川が自殺未遂してないとは笹川のプライバシーを守るため言えなかった。
「先輩。面会時間何分まででしたっけ?」
「あと二〇分ぐらいあるけど。もう 帰って。昼寝したいから」
「そんな」
「あゆみちゃんもう 帰りましょ。まいは朝から働いて疲れてるから休ませてあげようよ」
「そうですね。お母さん。先輩。これケーキです。食べてください」
里咲はケーキの箱を彼女に差し出した。
「何個入ってる?」
 彼女はそれを受け取った。
「三つです」
「三つか? まあいいやあいつらは半分でいいから」
 一日ですっかり仲良く なった他の厩舎組の面々と分け合って食べようと考えていた。
「他の人にもあげるんですか?」
「それはそうでしょ」
「やさしいですね。私以外の人には」
「あゆみはすぐに調子に乗るから厳しくしないと」
「私、教師なのに子ども扱いしないでくださいよ」
「そうか。先生だったもんね。それと戻るまでクラスよろしくね」
「はい。今日は来て良かったです。もとの元気な先輩に戻ったみたいで」
「そうだね。この一週間いろいろあったから自殺の事考える暇なかったんだよ。夜は疲れて爆睡だし」
「まい。そうか。お母さんここ に入ったらまたあれをするんじゃないかと思ったけど。そういってく れて安心したよ」   
「じゃあ。先輩御勤頑張って下さい」       
 里咲は笑みを 浮かべながら言った。
「あんたバカにしてるんでしょ」
「あゆみちゃん」
 更に余計な事いおうとした里咲を彼女の母親が止めた。
「すいません。お母さん。つい癖で」
「私が出るまでにその癖直せよ」
「じゃあ。行きましょうか。お母さん」
「おい」
里咲は彼女の言葉に耳を貸さず、彼女の母親を連れて帰ってしまった。
 母親達が帰ったあと、彼女は十分程自室で仮眠を取り厩舎へ向かった。       
 そして、作業に入った。
 笹川の呪縛から昨日、開放された大島らは彼女に見せたことのないこの上ないすがすがしい表情で作業していた。
 作業が終わり。厩舎組は皆で刑務所に移動し、彼女は食堂でさっきのケーキを皆と分け合い食べた。 
 休憩後は本日最後の搾乳作業だ。
「まい。ミルカー(搾乳機)つけるの上手く なったね」
 一足早く 作業を終えた笹川が話しかけた。
「これでここにいたことが保護者にばれて辞める事になっても食い口に心配ないわ」
彼女は作業の手を休ませず笑いながら言った。
「そうだね。あれっ。もう 、来ちゃった」
 笹川は開いてる扉から集乳車がこちらに向かってく るのを見た。
 いつもはもう 少し遅い時間に来る集乳車が来た。
「まい。急げ」
「うん」
「私ちょっと 文句言って来る」
 笹川はその集乳車に駆け寄っていった。
 しばらくして、彼女は作業を終え、けんかぱやい笹川を心配し牛乳貯蔵タンクのそばに停めているその集乳車に駆け寄った。
 彼女がそこに着く と笹川は貯蔵タンクから集乳車のタンクに牛乳を吸引するためホースを接続するその車のドライバーを見守っていた。
「あの子イケメンじゃない? 文句言おうと思ったんだけどイケメンだからやめた」
「そうだけど。あのこ一〇代じゃない?」
「そうだとしてもいいじゃん。社会人なんだから」
「まあ。そうだね」      
「すいません」
 その男性ドライバーが二人の下に歩み寄ってきた。
「はい」
 笹川が返事をした。
「あの。刑務官さんはどちらですか?」
「あっちにいるよ。今呼ぶね。水本さーん」
 笹川が扉の戸締りをしていた水本を指さしてから水本を大声で呼んだ。
「はーい」
 水本は返事をして走って彼女達の下に向かって来た。
「今日は水戸さんじゃないんだ」  
 そこに駆けつけた水本はその男性ドライバーに話しかけた。
「あっ。はじめまして澤野です。水戸さんはアイスホッケーやって腕を骨折したんで自分が代わりに来ました」
「そうなんだ」
「はい。もうすこしで吸引終わるんで待って下さいね」
「そうなの。私ちょっと戻らないと駄目なんでこの人たちにサインしてもらってください」
「はい」
「じゃあ。どっちかみずもとって書いてねもとは木に横線一本だからね」
 水本は刑務所に向かって走っていった。
「あいつ。馬鹿にしすぎだよね」
「そうだね」
 彼女と笹川はお互い向かい合った。
 その時そのドライバーは彼女の顔を凝視していた。
「あのう。北原先生?」
「えっ」
 彼女は目線を笹川から そのドライバーに変えた。
「えっ、はないでしょ。時男だよ」
「時男君?」
「もう。何で憶えてないの?」
「ごめん」
「私、お風呂行ってく る」
 笹川は彼女に気を使ったのか気まずい雰囲気から逃げたかったのかわからないが刑務所に向かって走っていった。
「俺の組の副担任だったんだから普通憶えてるだろ?」
「ほんと、ごめん」
 澤野は彼女が教師一年目に副担任をした六年一組の生徒だったが彼女は澤野のことを思い出せなかった。
「ねえ。澤野君。ここに入ってる事は内密にしてね」
 澤野のことを憶えてない彼女は思い出話ができないので自己防衛に走った。
「言わないよ。会社から、受刑者さんに知り合いがいたとしても絶対に他言するなっていわれてるから」
「受刑者さんか。澤野君。私の事軽蔑してるでしょ?」
「してないよ。先生。なんかあのころと感じがちがうよね?」
「いろいろあったのよ」
「それはそうだけど。あの時と 別人みたいだよ」
「確かに別人だね」
「ねえ。先生。その傷」
 彼女の左手首のリストカットの傷に澤野は気付いた。
 普段リストバンドで隠してるその傷は厩舎作業でそのリストバンドが下にずれてしまい傷が見えた。
「見ないでよ」
彼女はずれたリストバンドを直した。
「ごめん」
「あっ。澤野君って。甲斐堀さんのお母さんの事で私に怒られた子だよね」
「そうだよ」

 (回想)
 七年前の駒田小学校六年一組の教室内。
 放課後、教室の前扉の付近で澤野に彼女が説教を始める。
「ねえ。甲斐堀さんのお母さんの手話を馬鹿にして怒られるの何回目?」
「わからん」
「わからんって。悪い事してる意識なし?」
「そうだね。悪い事じゃなくて江頭風手話をやるとみんな笑うんだよ。みんなの笑顔のためにやってるんだ。それなのに。怒るなんていみわかんねえよ」
「そうか。じゃあ。自分の両方の人差し指を両耳に突っ込んで」
「なんで」
「いいから」
 わけもわからず、彼女にせかされ澤野は言われた通りにした。
「ねえ。どうよ?」
「どうよって。あんまりきこえないよ」
「はずして。聴覚障害の人はこれよりもっと聞こえないんだよ」
「そうなの。あー。耳って臭い。先生俺わかったよ。耳の中ってうんこに近い臭いすんだな。だから耳糞か」
 澤野はその指の先端のにおいをかいだ。
「おい。時男君そっちにいかないでよ」
「ごめん」
「こっからは真面目に聞いてよね」
「うん」
「聴覚障害はただ単に耳が聞こえないっていうだけじゃなくて、雑音が混じって聞こえずらかったりする人もいるんだよ。だから補聴器をつけても聞き取れない音がでてくるんだよね。ここまでわかった?」
「うん」
「そこで、聞き取れなかった部分を手話で補うんだよ」
「そうなのか。手話は耳ってことか」
「そう。そう。耳なのよ。それをさあ。澤野君みたいにお笑いの道具みたいにして遊んでるのを見て甲斐堀さんはいい気持ちしないよね?」
「うん」
「だから。今度やったら。私澤野君の事絶対に許さないから」
「わかったよ。封印する」
「澤野君ってただのバカだと思ってたけど実は純粋でいい子なんだね。先生。好きだぞ。そういう男は」
 (回想終わり)
「あの時さあ。他のやつは悪いことは悪いことなのって一点張りでこっちも悪い事してる認識はあったんだけど。あれじゃあなんか反省する気にはなんなかった。でも、あの時の先生の叱り方はスーッと伝わってきたんだよな。だから、俺は人の気持ちを踏みつけることは絶対にしないと決めたんだ」
彼女にしてみれば、子供達に一体どういう叱り方をすれば自分のやった悪い事に気が付いてくれるんだろうと悩んでいた時期の叱り方が伝わっているとは思っていなかった。  
 目頭が熱くなっていた。
「先生泣いてる?」
「ちょっとね」
「先生。これ」
 澤野はジャンパーの右ポケットから自分の会社名が書かれているポケットティシューを取り出し彼女に差し出した。
「ありがとう」
 彼女はそれを手に取り、そのティシューの開け口を左手でパンチして開けて、おもむろにティシューを取り出した。
「早く ふいて。先生の涙は見てられないから」
「うん。ごめん」
 澤野は彼女が涙をふく 仕草に見惚れていた。
「俺もういかないと」
「そっか」  
 澤野はその彼女をもうしばらく 見ていたかったが集乳に追われている現実を無視する事ができなかったので彼女に別れを告げた。
彼女は車に歩み寄っていく澤野のうしろを追っていた。
「先生。じゃあ。明日も朝夕来るから」
「うん」
 澤野は車に乗り込みドアの隙間から彼女に声をかけ、彼女の返事を聞いたあと、ドアを閉め車を出発させた。
彼女はその車のあとを歩いて追っていった。車が敷地内に出ると、その車を追うことを止め、刑務所に戻った。
「まい。遅いぞ」
脱衣場に入って来た彼女を茶化す声が笹川中心にかかった。
「ごめん」
「遅れた事は許すけど。キスした事は許さないぞ」
笹川の冗談に大島たちが更に茶化す。
「やめてよ。そんな事してない」
「あれっ。まぶた腫れてない」
笹川が先ほどの涙が原因で腫れた彼女のたまぶたを指差した。
「ちょっと、ごみが」
「う そつけ」
「後で聞くから早く入りなさい。ほら、つなぎ脱いで洗っとくから」
 笹川にせかされながらつなぎを脱いだ。
 その後、なんとか食事の時間に間に合い、食事をした。
 食事後、食堂で九人にせがまれ涙の真相を語った。
そして、この後、各々の恋バナを語り合い一同もりあがったが、高山だけはもの思いにふけた様子で元気がなかった。

 彼女は連日、彼が来るのをまちこがれた。
 一日二回。搾乳した貯蔵タンクの牛乳が集乳車のタンクにホースによって全て吸い上げられる間彼らは語り合った。彼の話題は小学校から今に至るまでの話中心。彼女の話題は上司や部下の愚痴、元彼の愚痴だった。
こうした彼女にとって幸せなひと時は一週間を経過した。
そして、この日の午後の搾乳作業を終えて、タンクに寄りかかりを作業手袋外した手を後ろに組んで、彼を待っていた。
 しばらくして、その車と共に彼がやってきた。
 彼女はタンクに寄りかかるのをやめ、その手を解いた。その手は真っ赤だった。
 寒く て赤く なったわけじゃない。
「ときお。早く来い」と強く願い、その想いは握力となり手を強く 握り 彼女の両手を真っ赤にした。
 彼は車から降りて、「先生」と彼女に手を振りホースの接続を始めた。
 彼女はこの呼びかけに小さく 手を振った。
 彼は車のタンクのホース接続を済ませ、彼女のいる貯蔵タンクの前にそのホースを持ってやって来た。
 接続作業を開始する彼を見て彼女は作業の邪魔になるのではないかと思い。「よいしょ」と可愛い声を出し、自ら一歩後ろに下がった。
 彼はその声につられて一瞬、彼女に目線を配り、すぐホースに戻した。
 作業を見守っている彼女は早く会話したい気持を、手を後ろに組むことで抑えた。
 彼は接続を終え。「ちょっと、待ってね」と言いその車のタンクの後ろについてる吸い上げ開始のスイッチを押しに行った。彼女はその言葉を受け軽く頭を下げた。
 そして、彼が戻ってきた。
 彼女はそれを見て手とその気持ちを開放した。
 再び、その手は赤く なっていた。
「遅い」
「ごめん。先生」
「先生ってだれ?」
「なに? 北原さんの方がいいの?」
「まいがいい」
「まいって。ほんとにいいの?」
「うん。私はときおっていってるんだから」
「じゃあ。まい」
「あー。呼び捨てした」
「まいがしろっていったんだろ」
「顔あかいぞ」
「まいがからかうからだろ」
「ごめん。ゆるして」
「かわいいからゆるす」
「かわいいって。私みそじだよ」
「そんなのかんけえねえよ。あっ。まいもあかく なった」
「ときおがからかうから。照れちゃった」
「おれはからかってない」
「ねえ。もしかして、年上好きなの?」
「そうじゃない。ただまいが好きなだけだ」「私も好き」
「ああ。よかった」
「でも、びっくりしちゃった」
「そう だよね。でも、今日がここに来るの最後だから、どうしてもいいたかったんだ」
「何で? あの人、一ヶ月休むんじゃないの?」
「この事。社長にばれて霧野の営業所に帰れって言われた」
「いつ、言われたの?」
「おととい」
「何で。言ってく れなかったの?」
「まいが責任感じて会ってくれなくなると思って」
「責任感じるも何も。責任は私にしかないでしょ。会社に帰ったらちゃんと言うんだよ。女受刑者に脅迫されてしょうがなく話し相手になったって」
「言えねえよ。そんな事。それにそんな事いったらまいの刑期延びるじゃん」
「私の事より。ときおに対する会社の信用の方が百倍大事だよ」
「そんなことない。まいがここから早く出てあの時の俺のようなガキに本当に大事なことを教える方が大事なんだよ」
「ごめん。これじゃあ、どっちが年上かわかんないね」
「あやまんなよ。でもさあ。なんで、いつもちょっと離れてんの?」
「臭いから」
「俺が?」
「私が」
「臭い? まいは臭く ないよ」
 彼は右足を一歩前に出し、彼女の手を引っ張り抱き寄せた。
「やめて。おこるよ」
「うるさいな」
 彼は彼女の唇を自身の唇で塞いだ。
「はぁー。死にそうだった」
彼女が言った。
 彼は彼女の唇を三十秒ほど拉致監禁した。
「この下手く そ」
「ごめん。初めてだから」
「キスもした事なかったの。そのルックスで?」
「こういうことは。まいみたいな尊敬できる人としたいと思ってとっておいた」
「何時代の人? 儒教でもやってんの?」
「なんでそんなにバカにすんだよ」
「ごめん。ときお」
「ピー」
「やっべ」
 とっく に吸引が終わり車から異常をしらせる警告音が鳴った。
彼は一目散に車に走り、それを止めた。
 そして、戻ってきた。
「あー。あせった」
「あんなことするから」
「そんなこというなよ。そうだ。いつでるの?」
「あと一六日」                                       
「そうか。したら、その日俺、仕事休んで迎えに行くわ」
「その日はお母さんも来るから。できたら、違う日にしてほしいんだけど」
「あっそか。つい自分の事ばっかり考えて」
「それってセックスの事?」
「ちがうよ」
「ほんと?」
 彼女は目を細くして彼を凝視した。
「ちょっとだけ」
「それでいいんだよ。十九なんだから。お姉さんがすっごい気持ちよくさせてあげるかその日まで待ってなさい。それまでオナニー禁止」
「はい」
「じゃあ。行くわ」
「うん」
「そうだ。サイン」
「余計な事して。仕事忘れたら駄目だろ。はい書いたよ。今日は水本休みだから滝井ね」
 彼女はその紙のサイン欄に〈滝井〉と書き渡した。
「あと。これ。俺の携帯とアドレス」
 彼は自分の携帯番号とアドレスを書き加えておいた名刺を彼女に渡した。
「ありがと。出たら。連絡するわ」
「おう」
「じゃあね」
「したらね」
 彼は車に乗りんでからも彼女の方に目を配った。
 車が動き出した。
 彼女はいつものようにその車の後を追って歩き出した。
 車は公道へと出てしまった。
 そして、彼女の恋愛はお預けになってしまった。
この後、刑務所に帰ると、滝井と鉢合わせした。
彼女は滝井にその臭いがついたを帽子を投げ捨て。
「死ね」
 と言ってやりたかったが彼の気遣いが無駄になってしまうので水本と共謀して支所長にちく ったであろう滝井を鋭い眼光で睨む事しかできなかった。
そして、風呂に入り、食事をした後に九人の仲間たちの前で涙ながらに恋に水
をさされた事を語った。

それから二日後。
朝の搾乳に向かった彼女。
「いやー」
 厩舎の前にいる笹川たちが厩舎の雪が積もった屋根の方に目線を向けて絶叫する。
「……」
 その声に反応した彼女もそこに目を向けた。しかし声が出てこない。
 その視線の先には厩舎裏に建てられている携帯電話の電波塔があり、その塔の上部から一本の紐がのびていている。その先には高山がだらんとぶら下がっていた。
「なにしてんのよ」
 彼女が呆然と立ち尽くす笹川たちを一喝した。
「私。警備員呼んでくるからあんたたちもなんかしなさい」
彼女は無理な注文を吐き捨て警備員のいる刑務官室に向かった。
 そして、そこに着きその扉をガラッと開けると。
 そこには誰もいなかった。
 彼女はその部屋の奥の壁に設置されているホワイトボードが目に付き、そのボードのもとに歩み寄った。
 そのボードをじっくりとみると。そのボードの右隅の上には〈緊急連絡先〉と書かれた用紙が貼っていた。
彼女はその用紙に目を通し、支所長の長内の携帯番号をみつけた途端にその用紙をマグネットから 外し、それを手に取り一番近くの電話がおいてる机まで歩み寄った。
 そして、彼女はその電話からその用紙を見ながら長内に電話を掛けた。
「もし、もし。北原です」
「どうしたの? なぜあなたがそこの電話からかけてるの?」
「所長。落ち着いてください。これはいたずらなんかではありません。緊急事態なんです。まず、警備員さんがいません。それと高山さんが厩舎裏の電波塔に首を吊って自殺しました」
 彼女は興奮状態にあったが、長内にしっかりと情報を伝えるために一つ、一つ丁寧に伝えた。
「えっ。……わかった。すぐ、駆けつける。それと消防に電話しなさい。いいですか? 警察ではなく 消防ですよ」
 長内は戸惑いながらも彼女にそのように指示した。
 彼女はその指示を受けすぐに消防に連絡した。
その後、彼女は長内が消防に電話しろと釘を刺したのは早めにその隊員に駆けつけてもらえば、高山の命が助かると思ったのか、それとも警察に電話すると何かまずい事があるのかという追想をした。しかし、その追想が終わり我に返ると。今はこんな事を考えている場合ではないと、頭を横に振って厩舎前に急いだ。
 そこには彼女の言葉では何をしていいかわからず、依然として立ち尽くす笹川達の姿があった。
「ごめん」
 彼女が近づくと笹川が彼女に何も出来なかった事を謝った。
「いいよ。今所長と消防が来るから」
 すると、一台の乗用車が厩舎に向かってきた。
 その運転席には長内の姿があった。
「あらー」
 長内が車から降り、すぐさまその電波塔に目を向けた。
 長内は携帯を取り出しどこかに電話し始めた。
 しばらくして、「ウー、ウー」とサイレンが聞こえてきた。 
 そして、梯子のついた消防車がやってきた。
 その車は彼女たちのもとを通りすぎ、厩舎脇を通ってその電波塔に近づき、車を停めた。
 また、そのサイレンで異変に気付いた加工組の連中も目を覚まし、そこに駆けつけた。
 その車から降りた隊員たちはすぐさま、救出作業に入った。
その消防車についた梯子がどんどん伸びていく。そして高山がぶら下がってる地点まで伸びたら、その梯子が止まり。その先端のバスケット部分に乗る隊員が高山を抱え、もう一名の隊員がその紐をナイフで切った。
そして、その三名がゆっくりと降り来た。
 そのバスケットから隊員によって降ろされた高山は全身を毛布に包まれていた。
 その後、高山は消防車が到着してから数分後に駆けつけた救急車に運ばれた。
 高山が救急車に乗り敷地を出たあと、彼女達は所長に指示され食堂へ向かった。
 それから、彼女達は食堂に入り、それぞれの席についた。次の指示を待っていたが所長は来なかった。
 刑務所の玄関からは次々と人が入ってくるがそれを気にするものはいなかった。
 彼女は高山が人形のようになってしまった。現実を受けいれられず顔が青白くなり、体をブルブル震わせていた。
 それから三十分ほど経ち、一人の受刑者が沈黙を破った。
「あのう。高山さんのことなんですけど」
 高山と同部屋の水野だった。
「高山さん。警備員に何度もレイプされてたんです」
「……」
 他の受刑者たちは水野のカミングアウトに驚き、誰も言葉を発っしなかった。
 それを気にせず、水野は話を続ける。
「私。刑務官に言おうとしたんですけど。高山さんがその警備員にもし刑務官にばれたら、ハメ撮りしたビデオを実家に送りつけるぞ。っていわれたから言わないで。って言われたんです」
「ねえ。そんなのただの脅しじゃん。あんたほんとにさとみを助ける気持ちあったの?」
彼女は水野の発言に怒りを覚え、罵声浴びせた。
「私が悪いの? 北原さんだって、ここ最近男にかまけてぜんぜん高山さんの話きいてあげなかったんじゃないの?」
「それはそうだけど。その事実しってたら。他のなんらかの行動は取れたでしょ?」
「二人とも止めな。もう、戻ってこないんだから」
 前野の言葉で再び食堂は静かになった。
 こうして彼女たちは食堂に来て一時間が経過した。
 しばらくして、食堂の扉が開いた。
 そこに入ってきたのは年配の男性と二〇代ぐらいの男性で共にスーツとネクタイを着用していた。その男性たちは両手に沢山の紙袋をさげていた。
 二人は刑務官が食事をするテーブルの上にその紙袋を置いた。
「おはようございます。はじめまして、わたくしはSKセキュリティーの霧野支店支店長小林と申します」
「はじめまして、同じく SKセキュリティーの清水と申します」
 支店長の小林、若手社員の清水の順で自己紹介をした。
「えー。この度、高山さんが亡くなった際に私共の警備員が席を外していて迅速な対応
をとれなかったことをお詫びします。誠に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
 小林がその不手際について謝罪した。また、清水も謝罪した。
「すいません。お手洗いに行きたいんですけど」  
「はいどうぞ」
 前野がトイレいった。
「では続けます。つきましては、お詫びの気持ちをお渡しします」
「ちょっと待った」
 彼女が警備員のことに深く 触れない小林の説明に不満を持ち、手を上げた。
「あのう。質問はこれを配った後お答えします」
 彼女はその指示に従い。不満を一時閉まった。
「では、名前を呼ぶので返事をしてください。水野さん」
「はい」
「清水、水野さんは手前のやつ」
 この調子で小林が受刑者を呼び、清水が小林に指示された紙袋をその受刑者のもとに届けた。
「これで最後ですね。はい。北原さん」
 最後は小林が彼女のもとに紙袋を届けた。
 小林が彼女に紙袋を渡し、その場に立ち止まった。
「質問はなんですか」
「警備員は今どこにいるんですか?」 
「私共の灯野支店の事務所にいます」
「では、どうしてあの時その警備員は席を外したんですか」
「お手洗いにいってたそうです」
「そうですか。白を切りますか」
「何のことですか?」
「レイプの事ですよ」
「すいません」
 緊迫のした空気の中トイレから帰ってきた前野が扉を静かに開けて入室した。
 前野の座っていた席のテーブルの前にはあの紙袋が置かれていた。
「北原さん。そんな事実ありませんよ」
「ちょっとまってください」
水野が手を上げた。
「はい。どうぞ」
「私、証拠と高山さんの遺書もってるんです」
「証拠というのは高山さんのデジカメの動画の事ですか?」
「何で知ってるんですか?」
「先ほど。高山さんのお部屋の遺品整理をしたときに発見しました」
「粗捜しをしたんですか?」
「違いますよ。人聞きの悪い事言わないで下さい。遺品整理って言ってるじゃないですか。それでですね。作業中に清水がカメラを高いところから落としてカメラもメモリも使い物にならなくしてしまったのです。それから、遺書の方はわからないですけど、清水がその部屋でたばこを吸って灰皿がなかったのでその辺にあった封筒を灰皿代わりにしたらその封筒が燃えちゃたんだよな? 清水」
「あぁ。はい。中には紙のようなものが入ってましたが燃えてしまったので何の紙かはわかりません」
 もちろん施設内は禁煙だ。
 小林はいとも簡単にうそをつく が、対照的に清水の方は罪悪感があるのだろう強張った表情でうそをついていた。
「ひどい」
 水野は落胆した。
「ねえ。私のレコーダーも壊したの?」
 前野が小林を疑った。
「それは知りませんね。でも水本が前野さんたちの部屋を気を利かせて先程、お掃除したとき、何かを誤って壊したと言ってましたね」
「なんだよそれ」
 前野は意気消沈した。
「そうだ。さっきは遺書はないといいましたが、そういえばあったんだろ? 清水?」
「はい。ボストンバックの中に入ってました」
「なんて書いてあったんだ?」
「もう人生に疲れた。私はアスペルガー症候群に悩まされるのはもう嫌です。死にます。と書いていました」     
 高山がアスペルガー症候群だったのは本当だ。
「そうか。かわいそうだな」
 清水の不自然な演技を除くとSK劇場は見事なものだった。
 これの台本は会社マニュアルにのっとってのものなのか。小林が考えたものなのかはわからないがすばらしい台本だった。
「あんたら生命放棄文書及び遺品毀棄、偽造で訴えてやる」
 生命放棄文書及び遺品毀棄、偽造罪は。
〈自殺者の文書及び遺品にはの最後のメッセージがこめられている。それを毀棄、偽造することは遺族その死亡者と親交があったものに対して大変許しがたい思いをさせる事になる行為であるので、この行為をしたものにたいしては毀棄、偽造に関する罪より、更に重いものとし、六年以下の懲役に処する〉
「北原さん。あなたは評判どおり頭の切れる方だ。しかし、そんなには人生上手く 行きませんよ。あなた。うちの刑務官に歯向かったりしてるらしいじゃないですか。所長は素行不良で刑期を延ばす方向で話を進めているらしいですよ。ここで大人しく すれば私が口添えしてそれを阻止しますよ。その方がいいと思いますよ。肩を持ってく れた恋人のためにも」
 通常、警備会社支店長に口添えなどできないが、小林はここの支所長レベルの刑務官には簡単に口が出せる力がある。
「彼の気持を裏切るのは辛いけど。私は自分の義を貫きます」
「ほう。まるでジャンヌダルクですな。では、あなたのお仲間を処分しましょうか」
「仲間なんていません」
「笹川さん」
「はい」
「あな高山さんに随分酷いいじめをしましたね。私が知ってる分だけでもストリップにベルト コンベア。浴室での自慰行為の強要。同じく浴室で高山さんに対して集団で尿をかける。これだけでも、高山さんの生命放棄に繋がる行為としてみなされ、笹川さんと それに加わった人たちは今の法律だと一発でほんまもんの刑務所行きですね。生命放棄に関わると怖いですな。笹川さん。しかし、せっかく あなたもいじめと決別したのだから、チャンスをあげましょう。でも そのチャンスはジャンヌダルク さんが私共の会社を訴えないという 条件で。まあ。北原さんがもし訴えたとたとしてもどもには全く 非がありませんから問題ないですけど。さあ義は貫けるかな?」       
 SK劇場は終わったが小林義之のワンマンショーは終わりをみせないでいる。
いじめ行為を暴露された笹川だが、逆にいえば自分のところの刑務官がこれらの行為を黙認していたという事。それにレイプした警備員の事もまだ終わったわけではない。小林は自分の部下の事を棚に上げるにも程がある。
「まい。いいわよ。私のした事だから。大島。佐々木。村井。ごめんね。でも、起訴されて刑務所に入るの私だけだから。それは心配しないで」
 笹川も義を見せる。
「そんな」
 大島らは責任を一人で取る覚悟の笹川を心配する。
「小林さん。私は貫く ほどの義はありませんでした。そういうことにしてください」
「そう ですね。まあこれで一件落着ですな。おい。清水。書類持って来い」 
「まい。ほんと にごめん」
小林は訴えを起こす可能性の多い彼女をやっと攻略した。
「はい」
 その書類が受刑者全員に配られた。
 その書類は主に。
〈高山聡美はアスペルガー症候群を苦にし自殺したと私は思います〉と書かれていた。
「はい。みなさん。読まなく ていいんでサインと 拇印押してく ださいね。おい清水。ぼさっとしないで。書いた人から集めて来い」
「はい」
 清水はぼさっとしていたわけではない。自分の会社を守るためになぜここまでしないといけないんだと自分と葛藤していたから そう 見えただけだ。
 清水はあと何回の会社が行う 理不尽行為で自尊心を失く すのだろうか? それとも自尊心のために会社の利益を犠牲にするのだろうか?
「はーい。ありがと う ございました」
「では。これで失礼いたします」
「失礼します」
 会社に魂を売った男と魂を取り出しているがそれをまだ渡してない男が帰っていった。
 このあと、彼女たちは小林から渡された紙袋をこぞって食堂のゴミ箱に捨てにいった。
 その袋の中にはお菓子の箱が入っていた。
 その中にはお菓子と一〇〇万円札の束が入っていた。
 その束は水野には三本。前野には二本。彼女も二本。他は一本だった。
 その袋は彼女たちが食堂から出たあと。食堂の扉の窓からその様子を覗いていた水本が小林のご機嫌をとるためにそれをそこから拾い上げ小林に差し出した。
 水本は入社二年目だが魂をもうそろそろ売るだろう。
 
 そして二日後。この日二人が刑期を終える。
 昼休憩時間。
 彼女はその二人と刑務所では最後の井戸端会議を彼女の部屋で行った。
「宇美子出たらどうすんのよ?」
「仕事クビになったから。なんか探すわ」
 現実は法律通りにはなってない。
「しずく は?」
「実は私黙ってたけど。ここ来る前ほんものの刑務所行ってたんだわ」
 生命放棄阻止法には。
〈生命放棄の罪と その他犯罪で刑務所に入る場合はその他の犯罪で犯した罪を償ってから生命放棄阻止刑務所に入所する〉と定められている。
「えっ」
「ふたりには言いたかったんだ。私さあ。男に騙されて詐欺の手伝いさせられてたんだ。バカでしょ?」
「しずく はバカじゃないよ」
「そうだよ。ねえ。連絡先交換しない?」
 笹川はこのままでは前野が暗い気持ちで出所することになると思い、話題を変えた。
「いいよ」
「私は務所暮らしが続いたから、解約したんだよね」
「じゃあ。契約したら教えてね」
「う ん」 
 こうして井戸端会議は終わった。
「二人とも準備できたの?」
 支所長が二人を呼んだ。
 二人はバックを手に持ち、その部屋を出た。そのあとを彼女がついていった。
 彼女が出て行って誰もいない部屋――。
 この日の岐路灯のカレンダー。
〈犯罪は刑法によって裁かれるという が俺はそう ではないと 思う 。刑期を終えた人を迎え入れる世間の見る 目や扱い方の方がよ っぽど ムゴい裁き方をする。これって間違ってないか? 一時間 う ん 百万もらってるキャスター様には言えないから 俺が 書いてみたよ 〉

 そして翌日。
 新入りが入って来た。
「ちぃーす。斉藤さ く ら です」
「斉藤さん。差し支えなかったらここに入って来た経緯を教えてく ださい」
「差し支えなければってなんですか?」
「そのことを言うのが辛く ないならという 意味ですよ」
 司会の水本が説明した。
「ていう かいう やついんの? いたら ばか でしょ」
「そう ですかでは、次は北原さん」
彼女はイライラしながらもちゃんとその理由も話した。
 その後、他の受刑者たちも斉藤にイライラしていたが彼女同様名前と ここに来た経緯などを話した。
 そして、顔合わせが終わり。昼食を食べ。彼女は部屋に戻った。
 彼女は仮眠をと るためベット に入っていた。
 すると。
「北原さん。斉藤さんこの部屋だからよろしく ね」
「えっ。なんで私のところなの? 他もあいてんじゃん。嫌がらせ?」
「違います。斉藤さんは一七歳だから。北原さんみたいなしっかりとした人が一緒の方が心強いでしょ」
 生命放棄阻止刑務所では少年院、少女院がないため未成年も成人と 同じ場所に入る。
「水本さん。いいですよ。私別のと ころ行きますから。三十路おばさんとか無理なんで」
「三十路はおばさんじゃない」
 仲の良く ない二人が声を揃えた。
「斉藤さん。あなたは絶対ここ。あなた勉強もしないといけないんだから。北原さん先生だから教えてく れるよ」
「ねえ。人のプライバシー言わないでよね。それとあんたが壊したレコーダーあれ訴えれるんだよ。だってあんた個人に訴え起こせばいいんだから。しずく に言っちゃおうかな。今度会うし」
「そんな。小林支店長みたいなきつい事いわないで。じゃあね」
 水本が逃げていった。
「ねえ。おばさん」
「おなえさん。まちがった。おねえさん」
「おなえさんいいね。おなえさん。わたし帰りたい」
「じゃあ。帰れば」
「帰っていいの?」 
「刑務官に聞いて」
「なんだ。そう いう権限持ってないんだ。先生だから特別扱いだと思ったのに」
「それじゃあ。差別になるでしょ?」
「世の中は差別でできてるんじゃないの?」
 随分すれてる一七歳だ。
「あんた。それ誰に教えてもらったの?」
「あんたって言わないで。さ く らっていって」
「さ く ら。だれからおしえてもらったの?」
「パパ。弁護士やってんだ」
「そう いう ことを言うべき人ではないよね」
「なんで? 弁護士が正義感だけで仕事してるとおもってんの?」
「思ってないけど。でもさあお父さん弁護士なら こんなとこに入らなく てすんだんじゃないの?」
「それはパパにでも無理な事あるの。おなえさん。やっぱうざいな。だから男に捨てられるんだぞ」
「う っしー」
 彼女の高校の時の同級生、下野勝の造語でう るさいという意味だ。
「ふっ。う し。何それ。う ける。わたしにおばさん用語つかわないでわからないから。あと、さあ今日。イブじゃん。マジ今日だけ帰りたい。ライアンハウスでステーキだったのにマジ最悪」
 ライアンハウスは霧野市内の高級ステーキハウスだ。彼女はそこでハンバーグを食べた事がある。
「ライアンハウスはガキの行く 場所じゃない」
「ねえ。あのカレンダーなに? きもいこと書いてる」
「無視かよ」
 前野とさほど年のかわらないさ く ら が岐路灯をバカにした。やはり、岐路灯はさ く ら のような人生をなめているやつにはその良さはわからない。
 この日の岐路灯ワードは
〈「あいつはイジリ がいがある」とか 言ってんじゃねーぞ お前がみんなの一瞬の笑いをとるためにいじってんのは人のキモチだぞ〉
「人いじるのなんて普通じゃん。おなえさんはこんなの見て喜んでるの? きもい」
「喜んでるわけじゃないよ。しみじみ感じてんの」
「もっときもい」
「う るさい。もう行くから着替えろ」
「わたし。加工がいい。だっておなえさんみたいにうんちのにおいつけたく ないもん」
 彼女は自分の生徒より手の焼く 少女がルームメイトになると は思ってなかった。
 こうしてあと一〇日程、世間知らずのお嬢様の面倒を見る事になった。
 さ く らは期待を裏切らない行動を見せては彼女の逆鱗に何度も触れてそのつど、彼女に罵声を浴びせられた。
 しかし。
 数日が経ち、相変わらず寝坊はするは仕事はさぼるはのわがままし放題だが、さ く ら は彼女にこころを見せるよになった。
「ねえ。おなえさん。そっち行っていい? 吹雪で外がうるさく て寝れない」
「いいよ」
 さ く らは自分のベット から枕を持ってきて彼女の隣で眠った。
 それから、毎晩彼女と一緒に眠った。
 さ く らはその効果かはわからないが徐々にわがままはいわなく なり、仕事も 彼女のよう にはできないがさ く らの精一杯の一生懸命で頑張っていた。一方勉強の方はあまりにも学力が低いためと作業の疲れで睡魔が邪魔し、頭に入っていかなかった。その状況を打破しようと彼女は自分の生徒にはふるうことが許されない愛の鉄拳をふるい。さ く らに付きまとう 睡魔を追い払い。さ く らの頭の中に知識いれる隙間をつく った。
「痛い。また殴った、パパに言ってほんとの刑務所にいれてもらう よ 」
「水本に一日最低三ページは進まないと刑期一日伸ばすって言われてるんだからちゃんとやってよね」
「ねえ。今日もおなえさんがやってよ」
「だめだって。私いなく なったらどう するの? 一人でやるんだよ」
「水野さんにお金はらってやってもらう」
「やってく れるわけないでしょ?」
「一日一〇〇〇円でやってく れるっていってたよ」
「あいつ。あとで説教だ」
「そなこと ばっかりっかするから笹川二世とかいわれてるんだよ」
 彼女は意気消沈した。
「ほんと にそういわれてんの?」
「うん」
 この瞬間。笹川はく しゃみしたと考えられる。
「でも、笹川って言う のはこんなもんじゃないよ」
「どんなひと?」
「いんけんのいんけんでいんけんののいんけんだよ」
「で?」
「それはもう。あんなことからそんなことまで、やらせる。まるで鬼でした。いや鬼だった」
「あんなそんなじゃわかんないけど。こわいね」
「勉強やらないと笹川呼ぶぞ」
「はい。やります」
 愛の鉄拳よりも笹川の方がさ く らには効く 。笹川効果は計り知れない。
「あっ。もう 八時五〇分じゃん。綾野剛のド ラマ始まっちゃうじゃん。さ く 。遅いからもう いいよ」
「なんで? せっかく 勉強してんのに」
「いいから」
こんな感じで勉強はちゃんとやってること になってる。
                                
 十二月三一日。
「三、二、一あけましておめでとう」
 二〇二一年一月一日。
「おなえさん。あけましておめでとう。今週だけよろしくおねがいします」
「何だよそれ」
「だって。今週だけじゃん」
「そっか」
「そっかって。そんなさびしいこといわないでよ」
さ く らの目が涙で潤んでいた。
「なに? 泣いてんの? さく らしく ない」
「うしー」

そして。
 別れの前日の夜。この日も二人並んで同じベットに入ってた。
「あしたで一時おわかれだね」
「一時ってなに?」
「だって。わたしも総合ならうから」
「えっ。ほんと に行く の? あいつがアメリカから帰ってきてるかもしれないから私はいかないわ」
「じゃあ。さ く ら もいかない。じゃあさ。おなえさんのうちでお勉強する」
「ほんとか?」
「ほんと。わたし。教師になる。そして、北原先生と働くんだ」
「やっと。変な名前から開放された」
「なんで。そっちにく いつく の?」
「わたし。真剣なのに」
「わかってるよ。そのぐらい顔見れば」
二人はお互いを見つめ合った。
「人生で真剣になるの始めて。今までなにしてたんだろ」
「遅くないよ。今から頑張れば大丈夫だよ」
「うん。頑張る。そうだ。自殺の理由いわなきゃね」
「言わなく てもいい。辛く なるだけだから」 
 さ く らは自分の頭を彼女の胸に押し付けた。
 しばらく し て、彼女はさ く らの寝息を聞く と、目を閉じた。

 そして、刑期最終日。
 昼食を終え、彼女は荷物をまと めていた。
「おなえさん。そのカレンダーもっていくんだ」
 前野がいなくなったあと。彼女はそこからはめく ったカレンダーを持ち帰るために一まとめにしていしていた。
「う ん」
「じゃあ。今日のも持っていけば」
「そうだね」
 さ く らは彼女に気を使い、この日のカレンダーをめく りにそこに歩み寄った。
 この日言葉は。
〈「人生に絶望したので死にます」って「腹減ったから、コンビニで弁当買ってきます」みたいな感覚で自殺するんですね。 そう いう人たちに聞きます。あなたがしているものが絶望ではないとしたら死なないのですか?  「はい」と言う人がひと り でもいるのなら。俺は言います。それは絶望ではありません〉
「今日もすごいやつだね。はい」
 さく らはめくったカレンダーを彼女に渡した。
「北原さん。もう 出る時間だよ」
「はい」
 彼女はバックを持ち玄関に向かった。
 そこには彼女の母親が来ていた。
 玄関扉のわずかな隙間から真冬の風が彼女の体をゾクッとさせた。
「お母さん。元気だった?」
「う ん。まいはどう ? 」
「こいつが世話を焼かすからリストカットする暇もなかったよ」
彼女はうしろをチラッと 見た。
「北原さん」
「水本さん。生放ジョークじゃないですか。お母さん。妹できたから紹介するね。これが妹のさ く ら」
 彼女のうしろにく っついていたさ く らを手で引っ張り自分の横に出した。
「あら。かわいい。妹さん」
「どう も」
 さ く らは照れながら彼女の母親に挨拶した。
 そして。
「北原さん。頑張ってね」
 所長が声を掛けた。
「はい」
 彼女の刑期一ヶ月の服役は終了した。

 刑務所を出てから、彼女の自殺願望がなく なったわけではない。職場関係、恋愛関係のトラブルがある度に「死にたい」と思ってしまう のであった。
 


















 

 


                                                         

 







 


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