「警察っておおげさだよ」 「大げさじゃないですよ。ここだと揉み消される習性があるらしいから」 「北原さん。そういうことはまず、私達に言わないと駄目なんだよ」 透かさず、水本が彼女達の間に入って来た。 「だめ? 駄目なわけないでしょ? バカにしないでよね。あんたは男の事しか頭にないけど。こっちの頭には法律が頭に入ってるんだから。何でも刑務官に言わなきゃいけない法律は日本国にはありません」 「……」 水本はゆっく りと後退した。 「わかったよ。謝るよ」 笹川は負けを認め仲間を引き連れて刑務所に向かって歩き出した。 「手伝おうか?」 彼女はその後、すぐに残ってる仕事に取り掛かり、傍にいた水本は彼女の機嫌を取っていた。 「結構です」 彼女は先ほどとは違いテキパキ仕事をこなした。 その後、彼女は刑務所に戻ったが、食堂には行かず自分の部屋に戻り I C レコーダーを衣類の入ってるボストンバックに入れた。 そして、イスに腰掛け目をつぶると眠ってしまった。 二〇分後、彼女はパッと 目を覚まして。部屋の時計を見て慌てて、厩舎に向かった。 厩舎に着き、やつらは作業し、水本は入り口付近に立ちやつらの監視をしていた。 やつらと水本は彼女の気配に気付いたのに遅刻を咎めず、何も話しかけなかった。 彼女はその様子を見て「ざまあみろ」と 思ってやつらをあざ笑い作業をした。 要領のいい彼女は三回目の作業で、やつらとかわらないぐらいの作業時間で搾乳作業を終えた。 刑務所に戻り。 脱衣場にて。 「大島さん。つなぎ乾燥したら。みんなの部屋に配ればいいんですよね?」 彼女を避けていたやつらの一員、大島に嫌みったらしく 話しかけた。 「いいよ。慣れない作業で疲れてると思うから私がやってあげる」 「あらそう ですか。でも、下っ端がやることだから」 彼女の嫌みったらしさに磨きがかかった。 「下っ端って。みんな同じ受刑者なんだから気付いた人がやってるだけだよ」 笹川が言った。 「笹川さん。でもね。昨日大島さんが私の部屋に来て明日から私にやれってはっきりと言いましたよ 」 「さゆり。そんな事言ったの?」 「やれとかはいってないよ。こういうふうにみんなやってるんだよって教えただけだよ」 「お前。うそつくなよ」 怒り心頭に発した彼女は大島の丸襟Tシャツの襟元を両手でつかんだ。 「やめなよ」 透かさず、笹川が止めに入った。 「ごめん。うそついてました。お願いだからはなして」 大島はなみだ目になって彼女に訴えた。 「うそなんてつくなよ」 彼女はそこから手をはなした。 彼女は刑期二日目にして怖いものがなくなった。 そして、入浴を済ませ食堂に向かった。奴らは先にその席に腰掛けていた。彼女もそこに腰掛けて食事の号令を待っていた。また、彼女が前日感じた気詰まりな感じはこの日は微塵も感じていない。 食事が始まり、彼女はやつらにわざと視線を合わせようと、順番に奴らの顔をのぞき込んだが、やつらは目線を合わせようとはしなかった。 食事が終了し、彼女は片づけを済ませて部屋に戻った。 「おかえり」 「ただいま」 「で。どうだった?」 「成功。成功。大成功」 「よくやった」 「まあ。私が本気出したらこんなもんよ」 「さすが先生」 「先生なめんなよ」 「でも、高山。大丈夫かな?」 「そうだね。私洗濯がてらに寄ってくるわ」 彼女は洗濯機をまわし、また自室に戻ってきた。 「あれ。さとみちゃん来てたの? 私今部屋に行こうと思ってたんだけど、さとみちゃんの部屋わからないのに気付いて、しずく に聞こうと思って戻ってきたんだよね」 「そうなんだ」 「さとみちゃん。それでさあ。あいつなんか言ってきた?」 「謝ってきたよ。それから、レコーダー下さいっていってきたけど。私は持ってないって言ったら、あの人たちかえっていったよ。それと所長も同じ事言いに来た。私が持ってる事にしたの?」 「まあ。まあ。上でゆっく り 私の勇姿を聞いてからにしよう」 「うん」 「私も聞かせて」 前野が下りてきた。 「どうしようかな? しずく。先生っていうからな」 「私のレコーダーだよ」 「冗談じゃん。少しからかっただけでしょ」 彼女はそのバックからI Cレコーダーを取り出し、二人の後を追ってベットに上った。 「ねえ。臭いよ」 彼女は前野の前にレコーダーを置いた。 「うそでしょ? さっきの腹癒せで言ってるんでしょ」 彼女は自分腕の臭いを交互に嗅いだ。 「まい。髪が臭い」 今度は自分の前髪を鼻に持っていき、臭いを嗅いだ。 少し臭かった。 「えっ。なんで? 今日はちゃんとトリートメントもしたのに。それにちゃんと帽子も被ったのに」 「市販のシャンプーじゃあの臭いに勝てないの。みんな。あきらめてるんだから。そんなに気にしない方がいいよ」 「あんたね。あんたが気にさせたんでしょ」 「ごめんなさい。さあ。聞こう」 「聞けないよ」 「まいちゃん。テレビでお相撲さんが食器洗剤のジョイで洗ったら汚れがすごい落ちるって言ってたよ」 奥にいた高山が口を開いた。 「それはちょっと。ママになんかいいシャンプー持ってきてもらうよ」 彼女は高山がどういった内容の番組でその情報を仕入れたか気になった。 「では、えい」 そのレコーダーの所有者がボタン押した。 二人は彼女の勇姿を食い入るように聞いた。 「私がレコーダー仕込んだ事になってるんですね」 「ごめんね」 「いいですよ。これであの人たちが怯んだから」 「まい。極道の妻みたいだね」 「そんな。迫力のある言い方はしてないよ」 「まあ。これであいつらも手出せないし。刑務官も高山さんと極妻さんにビビって多少の事なら何にも言わないね」 「極妻さんはないでしょ」 「冗談だって。でも、おもしろいでしょ?」 「自分がそう呼ばれると面白くないよね」 「極妻さん」 「さとみちゃんまで」 「高山さん。調子に乗りすぎ」 「そうだよ。そんな悪乗りする人だと思わなかった。もう助けないから」 「まいちゃん。ごめん。そういう空気だったから」 「高山さん。まいは天然だけどそれをいじられるのすごいきらいだからそう言う事言っちゃ駄目なの。気をつけてね」 「しずくが一番気をつけろ」 この後も、年齢のばらばらな三人がまるで同級生のように語り合った。 そして、三日後の夕食終了時。 一ヶ月に二回行われる生命放棄防止ディスカッションが行われた。 食堂にて。 テーブルと 使ってないイスを隅に寄せ、受刑者一〇人とサービス残業の民間刑務官二人は円を描くようにイスを並べ彼女達はそれに腰掛けた。 「では議長の笹川さん議題をお願いします」 滝井が進行を議長である笹川に任せた。 「それでは、はじめます。今日の議題なんですが、毎回、なんか議論が進まないんで今日は実際にどのようにしてここに来たかなり具体的に一人の人に話してもらいます。今日は北原さんにお願いします」 彼女は「はめられたな」と 思い笹川を睨みつけた。
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