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作品名:方向オンチにしか見えない世界 作者:錦小路真理

第5回   基本はやっぱ徒歩だよ、きっと
 TVや写真で見てると、きっとギリシャは年中暖かくて、青い海に白い建物に太陽サンサン……みたいなイメージあると思う。実際私もそんなイメージを持っていたものだ。
 甘いよ。甘かったよ。*バクラヴァよりも甘かったよ。
 冬はものすご〜い寒いんだよ! そして夏は地獄の様に暑いんだよ!
 ついでに言うと聖闘士もいないんだよ!
 ……実際、一回目はホテルのなかで凍えかけたしな。
 ……二回目行った時は6月で熱中症で倒れかけた。
 それだけでは無く、多分、私は間が悪いのだ。
 一回目の時はヨーロッパが大寒波に襲われた年で、死人が出るくらい寒い冬だったらしい。中東は戦争やってた。二回目は熱波でこれも死人が出たような年だった。途中でオリンピアの遺跡が倒壊するような地震にすら見舞われ、日本の家族にものすごい心配をかけた。
 それでもまだ、ギリシャ自体は平和だった。今みたいな混乱状態じゃなかった。ニュースで現状を見る度に心が痛む。
 お店で机の上に平気で財布置いとける国だった。露店のおじさんも売り上げのかごを放置したまま暢気にコーヒー飲んでる国だった。頼みもしてないのに「ウチで泊まってく?」って普通の人が声を掛けてくれる国だった(そんなに貧乏そうに見えたのか……?)
 だからこの旅の記録は、そんな在りし日の、暢気な人々の住む平和な国への追悼(アンソロジー)でもあったりなかったり……ってそこまで考えてないのがホンネなんだけども。

 さて、よもやの窓ガラス無いホテルを後にして、私達はペロポネソス半島へ遠征した。
 長距離バスのターミナルで、一人コーヒーを買いに行った方向オンチは、早速軽く迷子になったので、雨は降らない。うん、晴れだね。晴天だ。
 鼻歌まじりの運転手のバスはものすごいへビィな運転だった。遊園地のちょっとしたアトラクションより、よっぽどスリリングである事は間違いない。窓の外に流れる景色は美しかったが、ミケーネでなく天国についてしまう……とちょっぴり思った。その後同じギリシャでも他の国でも何度もバスに乗ったが、安心して乗っていられるバスにそうそうめぐり合った事がない(私は)。スリルを求める人は海外でバスに乗ってみるのもいいかもしれない……命がけでね。
 なんとか天国でなく、目的のバス停に着いた。その後は巨大なリュックを背負って徒歩。
 すごい……消失点のある道ってはじめて見た。
 両脇はおっきな並木。そのむこうは果樹園。オレンジがいっぱい。のどか。
 2キロの道のりをまず歩く。荷物重い。その横をツアーのバスがすいすい行き過ぎる。
 い、いいもん。せっかくの旅だ。基本は歩きだろ……ちょっと卑屈になってみる。
 ……ミケーネの麓の村に辿りついた。流石にこのリュックを背負って遺跡はキビシイ。そんな訳でお土産屋のおじさんに荷物を預かってもらう。
 小さいかばんだけを持って、更に曲がりくねった坂道を2キロ。なんか彼方に山が見える。ミケーネはあそこ……頭の中に某RPGのテーマソング流れてたね。僧侶Yと黒魔導師Mだけのパーティだけどね。黄金伝説の魔境に冒険。所持アイテムは貴重品とカメラとスケッチブックと途中で入手したオレンジだけ。
 まず途中待ち受けるのはアトレウスの宝庫。
 ……まっくら。以上。なんの感想も記憶もない。
 我らがパーティは松明(懐中電灯)を持ってなかった。
 更に歩く。もうほぼ登山だ。ガイドブックには500mって書いてあったが嘘だ。もっとあった。途中オレンジを分け合いHPとMPを回復しつつ、ミケーネにたどり着いた。
 ……広い。すごい。以上。語彙の少ない私にはとてもじゃ無いが伝えきれん。
 シューリマンがアガメムノンの黄金マスクを発見したっていう有名なところ、着いてすぐは、抜かれたツアーバスの観光客でいっぱいだったが、早々に彼らは引き上げ、広大な遺跡にぽつんと二人きりになってしまった。
 ひゅるる〜〜。寂しい。
 ひっそり咲いたアーモンドの花を散らしながら、ただ風が吹き抜けるだけ。
 そして来た以上、同じ道のりを歩いて帰ったよ、勿論。若かったからな。
 コリントス行きのバスを待ってたとき、麓のバスストップの売店で購入して二人で分け合ったココアがひどく美味しかったのはなぜかよく覚えている。人の記憶なんてそんなもんなのだろうか。

 コリントス行きのバスもやっぱり酷かった。若いお兄さんの運転手と車掌が、他の客を押しのけてまで一番前に乗せてくれたのはいいが(物好きだな)知っている日本語を駆使して、一生懸命気を惹こうとするあまり恐ろしい運転だった……他の乗客、ゴメン。
「おう、ニッポンきた? ニッサン、トヨタ、セイコー、ホンダ!」
「ハンドルから手を放すな〜〜!」
「振り返ってウインクするな〜!」
 ……でも無事コリントスについた。
 早速、売店のおじさん相手に、この旅初の試みも実施。
 ツーリストポリスの位置をたどたどしいギリシャ語で尋ねてみる。これは私の役目だ。行方不明になるおそれはあるわ、喋らんわではあまりにYに申し訳ないからな。ちょっとは予習してきたよ。
「ぷーいーね、い、とぅりすてぃきーあすてのみーあ?」←棒読み
「Πηγα?νετε ευθε?α προ? αυτ?ν την κατε?θυνση……」
 おおっ! 通じた……のはいいが、返答までギリシャ語で返って来ることまで計算してなかったよ。ってか当たり前だった。私は浅はかであった。なんとか身振りでわかったが……。

 教訓 「こいつ少しは喋れる! と思われると余計に困る」

 すぐにホテルもみつかり(ちゃんとガラスもあって湯も出て電気ついてヒーターもきく)ご機嫌で新コリントスの町へゴー。
 コリントスは港町。お船もいっぱいあって綺麗な街。海風きつかったけどね。

 そして悲劇(喜劇?)はまたも夜に訪れた。
 私がこのまますんなりと一日を終われる筈がなかった。


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