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作品名:方向オンチにしか見えない世界 作者:錦小路真理

第3回   『急がば回れ』って本当だよ
 観光バスも通る、なが〜い九十九折の坂道をひたすら登る。
「今日はもうおしまい!」
 だが、上がりきった途端、目の前でゲートが閉じられた。
 ……タッチの差で時間切れ。マジかよ。
「ま、まあアテネにはまだいるし……散歩だ、散歩!」
 眺めがいい。足元にはアテネの街が広がってる。私達は諦めがいい。
 景色を見ながら歩いてると、いきなり誰かに頭を叩かれた。
「?!」
 地元の子供達だった。100円ショップに売ってるみたいなナイロンバットを持ってる。
「こら〜!」←日本語
「わ〜い」
 ……子供と動物相手に言語など関係ない。ニュアンスだ。
 小学校高学年くらいかな。小さい子とちょっと大きめの子二人。憎たらしいがかわいい。
 走り去ったのを確かめて、気を取り直してスケッチを始めるとさっきの二人が帰って来た。
 今度はネコがじゃれるみたいに、ぴとっとひっついてきて離れない。最後には投げキッスまで飛んできたよ……ナンパか? ナンパだったのか?
 確かに日本人は海外では若く見られるが、私らは自慢じゃないが日本人からもあまり日本人扱いされない見かけだぞ。そう。私もYも背が高い。そして日本人離れした濃い顔をしている(Yは特に)。私は髪の毛があまり黒くない。パーマで痛んでいたのもあるが、元々茶色だった髪は写真を見ていくと日に日に色が抜け、最終日には金髪に近づいていたくらいだ。水のせいか?
 たぶんあんたらの倍は生きてるんだぞ……その言葉はしまっておいた。
 結局、お互い片言の英語とジェスチャーでしばらくお話して、似顔絵を描かされた。まあ、地元民と触れ合うのも悪くはない。ツアーでない旅の醍醐味ってやつだろう。

 そろそろ寒くなってきた。下界に降りなきゃね。
「あ、あんなところに階段が。しかも人が降りて行くよ」
「近道あるんだ、きっと。行ってみよう!」
 もう気がついたね。そう……ヤバイよね。
 私が何者かって? ええ、方向オンチさんですよ! ははは〜。
 実際近道ではあったし、確実に下の町に近づいてる感はあったものの、途中ものすごい路地に入り込んでしまったのだ。狭い、そして複雑。まさに映画に出てくるあのカンジ。
 晩御飯の準備時なのか、開けっ放しの窓からおいしそうなニオイが漂い、見るつもり無くても中まで見える。普通の街の人たちの日常風景がそのまんま。玄関に椅子置いてジャガイモ剥いてるおばあさんとか、屋根に干してた洗濯物をしまうおばさんとか、パイプ片手に将棋みたいなゲームやってるおじいさん達とかね。シャワー浴びた直後なのか腰にタオル巻いただけのおじさんまで見たさ。寒くないのか? 冬だぞ?
 野良猫か飼い猫か知らないけど結構な数の猫にも囲まれてるし……(あ、発作が)
 気がつくと前を歩いてたカップルらしき人影も無い?
 ここ何処?どっち行けばいい? ……猫に訊いても答えてくれんよな。
 頭の中で「異邦人」の歌が流れてた。(シルクロードでは無いけれど)
 だが今、方向オンチさんは一人では無い。冷静なYが一緒だ。
「とにかく少しでも下を目指そう。何処に出るかはわからないけど」
 ……
 私達はしばらく迷ってプラカの町に辿りついた。下りきった最後の階段の入り口には
「アクロポリスはあっち↑」
 って看板があった。途中には一度も看板なんか無かったぞ。
 その後、ホテルに帰るのにも少し迷ったが、地図の読めるYのおかげで帰れた。
 流石だ。
 日が暮れるまで、私達はランドマークにしていたミトロポレアス大聖堂の前で過ごした。寒さに震えながら……
 明日こそアクロポリスに行こう。早めに。九十九折の坂道の方を通って。
 『急がば回れ』
 昔の人は上手い事を言ったものだ、と今更ながらに思う。

 ちなみに、その数年後、今度はYでなく違う友人とアテネに来た時も同じ道で迷う事になった。
 その時は上からでなく、下からで、またしても「アクロポリスはあっち↑」にひっかかり、同じく迷っていた米・独・仏の多国籍軍計6人と一緒だった。迷った時は国籍など関係ないんだな。なぜか言葉も無くアイコンタクトと頷きだけで出会った瞬間一致団結し、協力し合ってたどり着けた。途中で仏の二人は消えたが……


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