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作品名:方向オンチにしか見えない世界 作者:錦小路真理

第2回   珍しいことがあると雨が降るんです
 宿に落ち着いてしばらくすると空が完全に明るくなった。
 窓の外を見ると、目の前がアクロポリスじゃありませんかっ!
「よかったな、Y」
「幸先いいね」
 とりあえず、荷物を置いて財布、パスポート、カメラとかの貴重品だけ持って散策に出る事にした。
 アテネの中でも古い町並みのプラカ地区は、どっちを見ても絵になる。
 Yも私もいきなり写真をとりまくった。
 だが、感光しないように重い思いをして鉛のケースに入れてきた日本製の高品質フィルムを無駄に使っては勿体無い……
 そう、私達はまだ、デジカメすら持ってなかったのだよ。当時。
 2000年以前に青春時代を過ごした人にはわかるだろうが、今の若者には考えられまい。
 ああ、トシがバレるな。
 リュックが重いのはこいつと、ミネラルウォーターのボトルのせいだった。
「オレンジ……旨そう……」
 そう呟いたのは、私かYか。
 町のいたるところにオレンジの木があるのが面白かった。街路樹とか、民家の庭とか。日本の秋の柿の木みたいなもんか?しかも無造作に落ちてたりする。
 さすがに拾って食べようなんて気は起こさなかったが。

「まず、最高神ゼウス様に挨拶に行こう」

 ……しかしアテネは雨だった。しかも暴風。

 なるほど、早朝の異様な暖かさは雨の前触れだったか。
 幸先良く無いじゃん!
 風で飛ばされそうな傘を握り締め、人っ子一人いないゼウス神殿とアドリアヌス門を『遠巻きに』みて、午後は屋根のある国立考古学博物館に行く事にした。
 アテネ大学、図書館、アカデミーも見学した……と日記には書いてあるのに全く記憶に残っていないのは何故だろう?
 ちなみに国立考古学博物館は下調べでは15時までとなっていたのだが、14:30には電気が消され、チェーンや柵まではめられてしまった。15時って職員の帰る時間なのか?
 アバウトな国らしいといえばそうなんだけど。
 そういえば、アバウトといえば、初公共交通機関であるトローリーに乗ったのだが、一応チケットを入れたにも関わらず機械の故障であろうか、返ってきた。つまりタダ乗りしたってことだ。
 ……もう時効。
 この日、珍しく私は迷わなかった。
 その後、ホテルのロビーどころかトイレから部屋に帰れなくなる事もしばしばあった私がである。広い博物館ですら。
 Yのおかげなのだろうが、今思うと、あの雨は私のせいかもしれない……

 翌日は迷ったよ。もう恐ろしいほどに。本領発揮ってやつだ。
 そして……ええ、晴天でした。ぴかぴかのね。
 まず、明日泊まるホテルを探し
「ここのシャワーぬるいわよ」
 などとチェックアウトする他の国のバックパッカーの意見を聞きつつ、数件回って眺めがよいホテルに決定。値切り交渉には失敗したものの、感じのいいバルコニーから遮るものもなくパルテノン神殿を望めるロケーションに勝てなかったのだ。ここでスケッチしたらさぞ気持ち良さそうだ。
 明晩、二人に訪れる悲劇なんてその時は予感すらなかったさ。

 日曜の、のみの市で人ごみに紛れてみる。私もYもチャレンジャーだ。
 よくはぐれて迷子にならなかったもんだ。
 日用品、服、アクセサリーから履き古した靴や傷のついたレコード、既に誰かに出された後の古い絵葉書なんかが並ぶのみの市は面白かった……筈なのだが、はぐれまいと必死になってた事と、遅い朝食に食べたサンドが美味しかった事と、『動物が寄ってくる病』の発作で巨大なシベリアンハスキーにハグされ、顔を舐めまわされた記憶だけが鮮明だ。
 日曜は遺跡も博物館もタダだった。ラッキ〜!!
 アゴラも見たし、後は勢いで大本命アクロポリスだろっ!

 ……だが、道は険しかった。
 方向オンチの魔法が効力を発揮したのはこの後だった。
 一般ツアーの人が絶対行かない、見ないものも見てしまう、それが究極の方向オンチ。


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