ローマも残りわずか。 コーンフレークの朝食は続いてるけど、ホテルは変わった。 サンタンジェロ城で天使様にうっとりし、カーニバル時期だったので、浮かれた通行人にシェーピングクリームをかけられたりしながら(Y、ヘアムースで応戦)ローマを満喫?しつつ時は過ぎた。 そして明日はいよいよ帰国……という最後の日、私はついに本気で「方向オンチにしか見えない世界」を見てしまった。 今頃本題かよ……そんなツッコミはヤメテ。 お土産を買おうということで街に出た二人。 最後におのおので単独行動をとることにした。目的の店が違うから。 ここ何日かこの辺は歩いてるし、二人とも手には地図とホテルの住所と電話番号のメモがある。迷っても誰かにこれを見せればなんとかなるだろう。 私は画材やパスタ、オリーブオイルの店に行って買い物をした。Yは絵葉書や同じくパスタ、化粧品の店に行ったようだ。 よし、ホテルはあっち。今は大丈夫。 「……二本向こうの通りには絶対行っちゃいけないよ! あそこはホントに怖いからね!」 朝、ホテルの人に釘をさされた。にも関わらず……。 しばらくして、なんか雰囲気が変わった事に気がついた。 壁の落書きとか、サドルの無い自転車が倒れてるのとか、ゴミが散乱してるのとか……あきらかに表通りと空気が違う。あれ、ゴミ捨て場に無造作に捨ててあるのって注射器だよね? ……なんか思いっきりヤバイ空気を感じた。 地図を見て通りの名前を確認してみる。そんなに何回も角を曲がった覚えないけど……う、最初並行なのに、なんか斜めに交差してる道がある。ホテルのある通りは……で、ここが……。 ううっ! 二本目っ! ここはまさにホテルの人に言われた「行ってはいけない」通りでないかい? 困ったぞ〜〜。最後の最後に本気でヤバイ事になったぞっ! 戻ろうかな……でも何処から来たのかももうわかんなくなった。 なんか人いるけど。おでこや首にまで絵が描いてありますけど?(タトゥー)耳や鼻だけじゃなくて唇にもビアスついてますけど? ん? こっち来ますけど? ええっと、英語通じるかな? ……ムリっぽいな。ギリシャより英語しゃべれる人少ないもんな、イタリア。 あ、目が合ったよ〜。にっこり笑ってるよ。口笛吹いてるよ。獲物か? 獲物なのか? 私。 ここで、頭の中で何かがぷつ〜んと飛んで行ったみたいだ。
そう、私は開き直った。
我ながら便利な性格だと思う……ひらきなおると、もう怖いもんなんか無いのだ。必殺技だ。でももしナイフとか持ってたら……いやいや、いざとなれば傘で……一応剣道初段だし、運動神経はイマイチだが、逃げ足にだけは自信がある。 「どべぇし、とろばぁ、くえすて、おてぇる?」 (←イタリア語。このホテルどこ?) メモを見せてホテルを訊く。中で一番怖そうなお兄さんに。 ……こういう場合は野良犬と一緒だ、きっと。一番偉そうな人に……っと。 作戦は成功した。 苦笑いで肩をちょっと竦め、怖そうなお兄さんは手招きした。 そして指差す。ついて来いということらしい。 彼はその後、親切にも表通りまで連れてってくれて、ホテルの看板を指差してくれた。 「ぐらっちぇ……」 一応お礼を言わなきゃ。 イタリア人にしては背の高い、強面のお兄さんは最後に私のおでこを指でつついて、 「子供が一人でウロウロしてたらさらわれるぞ」(←英語) そう言って手を振って去っていった。 ……やっぱり子供だと思われてたんだな。で、英語しゃべれたんだな。清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で片言のイタリア語でがんばったのに。ってか、あんたより年上かもよ。 でも……良かった。 「ああ、無事帰ってきた」 Yがホテルの前に立ってた。 「おみやげ買えた?」 「うん」 「迷子にならなかった?」 「……まあね」 この後はもう絶対一人にならなかった。
絵日記はここで終わった。帰国準備で描いてるヒマ無かったから。 お土産も加わって、結構重装備になった私達は、シンガポール、バンコクを経由してほぼ2日がかりで日本に帰国した。帰りの飛行機で食べた茶そばがおいしかった。不思議とあまり旅の途中で日本食が恋しくはならなかったが、ソバを食べた瞬間「ああ、白いお米が食べたい」「熱いお風呂に肩まで浸かりたい」と、どぉっとそんな気持ちが押し寄せたのを覚えている。 最後に、日本の空港で異国の楽器を抱えてた私は、明らかに怪しかったのか荷物を隅々まで調べられ(楽器の中まで)イタリア帰りということで 「本当に申請するものないんですか?ブランド物とか」 「……本気でないです」 「……ならいいです」 貧乏っぷりに呆れられた。悪いか?
方向オンチさんは始めての海外旅行から無事帰還した。 なんかすごく怖いものも、すごく優しいものも見た。 ツアーだったら見られないような、迷ってみてはじめてわかる、外国の裏路地。決してキレイで清潔でもないし、危ない事もいっぱいある。でも地元の人達の普通の生活、人情、そんなものも迷わないと見えないのかもしれない。 そして、何を勘違いしたのか、この旅で変に自信を持ってしまった方向オンチさんは、この後色んな国や場所に出かけていった。もう一度ギリシャ、スペイン、オランダ、オーストリア、チェコ、台湾、シンガポール……あと国内でも。そして、また動物に囲まれたり、微妙に迷子になって裏路地入り込みつつ色んなものを見て、色んな人にあって色んなものを食べ、スケッチした。 そして……今の私がいる。 私は今日も元気に近所で迷っている。GPSのついた携帯もある。それでも。 初めてのスーパーに自転車で卵を買いに行って、三時間家に帰れなかったりしながら。 でも、裏路地の道端に咲いてる小さな花とか、隠れてひっそりあるお地蔵さんとか、そんな小さな発見もあったりする。 だから、こんなすぐに迷子になる自分も結構いいかも、そう思う事にした。 これも開き直り。
きっちりわかってる道を地図通りに歩くのもいいかもしれない。 でも一度、あなたも迷ってみてほしい。 今までと違う世界が見えるかもしれないよ。きっと。
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