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作品名:父と本棚と季節の香り 作者:錦小路真理

最終回   2
 本だけで無い。京都の街中で育った人だが、私たちが子供の頃に「田舎がいい」と
わざわざ外れの方に引っ越した。それは実地で自然を自ら学び、子供に伝えるためだった。
 山菜やきのこや木の実を採るのも、川で鮎などの魚を獲るのも好きだった。
どれが食べられる山菜やきのこなのかも、本で一生懸命覚えたらしい。
私も同じように山に連れていかれて教えられたので、今では周りに重宝がられている。
毒キノコを食べようとしていた人を、危ういところで止めた事もある。
「命を頂くことに感謝する。採った物、殺した物は責任をもって美味しくいただく」
 私も子供たちにそう教えている。おもいきり父からの受け売りだ。食育とまではいかないが、
木の実、動物、魚の生きた姿を見れば、食べる事は命を頂く事だと子供にもわかる。
スーパーで包装されたものしか見た事の無い子供には、命と食べ物の関係はわかりづらい。
 一方で新し物好きで、最新の電化製品もいち早く家にあった。
 ゲーム機も好きだった。大きな病気もしたことも無く、元気だった父がいよいよ
病院に行った時にはすでに余命半年を宣告された。
 直腸癌で、すでに肝臓や肺にも転移していた。
 病室に大好きなゲーム機を持ち込み、テレビに繋いで点滴しながらでもマージャンの
ゲームをやってて、よく看護婦さんに呆れられた。
 最後は痛みを抑えるためのモルヒネで意識が朦朧としながらも、手が牌を並べて、
最後にひっくり返す仕草を見せてちょっと笑った。
「あ、今ツモったね」
 そして母だけを残して、私たちが着替えを取りに帰ってる間に静かに亡くなった。
 野生的な事も好きで、本が好きで、映画も好きで、お酒とマージャンが好きで。
 どうしようもない人だったが、たぶんやりたい事は何でもやっただろう。
家族だけでひっそりとと思っていたお葬式の時には、思いがけないほど大勢の方が
来てくださり式場にも入れないほどで、でも
「太く短く生きた人だ。思い残すことも無いだろうね」
 皆が口を揃えた。人生も綺麗にツモったみたいだ。
 だが、私は思う。きっと一つだけ心残りがあっただろうな、と。
 父は何より子供が大好きだった。余所の子でも自分の子供と同じくらい可愛がる
人だった。生きているうちに孫を見せてあげられなかった事が残念でならない。
 今、彼の孫……私の息子が、時々本当にそっくりな行動を取る。なんにでも興味を
持つところも、食べ物の嗜好も、好んで読む本も、新し物好きなところも、子供の
くせにマージャンのゲームが好きなところも。
 ちゃっかり今度は息子になって生まれてきたのかもしれない。
 時々、本気で生まれ変わりだと思う事がある。だったら素敵だね。
 だから、父から教わった事は、極力息子達に伝えていきたいと思う。
「本を読め」
「命に感謝する」

 もう少ししたら、大好物だったえんどう豆が膨らむ。よく皮を剥いてた。
あの青っぽい匂い。その後はスイカの香りの鮎の季節。秋はきのこの香り。
冬はゆずの香り。
 季節の香りで、また父を思い出すだろう。そして、本棚の本の匂いでも。
 そう思いつつ、山椒の香りと舌にびりっとくる感じを味わうのだった。 


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