「今のところ大丈夫ですね。」 医師は言う。 「今のところ・・ということは、将来的に悪くなるということですか?」 アキは問う。 「まだ、10年は大丈夫かと思いますが、弁のところで逆流がありますので、 心不全の症状が出る可能性は大きいですね。」
今18歳だから、30歳前ってことか・・・ 娘は、「大丈夫だよ!その時には、医療も益々発展するだろうし、 IPS細胞とかいろんなものができて、簡単に治るでしょう〜」と、 笑顔で、気楽に言ってくれる。
本当に、いい子に育ってくれた。 一度も、心臓病のことで、親に愚痴や不満を言ったことがない。 自分の運命や現実を、そのまま受け入れているのだろうなと思う。 アキは、娘を見ながら、どうかこのまま無事でありますようにと心の中で祈る。
娘は、本来ならすぐに閉じる動脈管が開存したままだったおかげで、 姑息手術もせず、一度の根治手術のみで済んだ。 それでも、カテーテルの入院など、何度も辛い検査入院はあった。 元気な子なら、レントゲンひとつでも、被ばくを心配するのが普通なのに、 娘は、どのくらい被ばくしているだろう。 100枚以上はレントゲンを撮っているし、MRIとかも何回かしている。 でも、これでも、まだいい方だと、全国心臓病の子を守る会に入会してみてわかった。
娘を出産してから、アキの心の支えは、夫でもなく母でもなく、この守る会だった。 たまたま、病院の廊下にパンフレットが貼り付けてあったのを見て、 迷わず、縋り付くように入会し、会報誌だけを支えに頑張ってきた。 催し物には、必ず参加し、同じ病気を持つ母親と話し込んで、共感し合った。
夫とは、結局別れなかった。 娘が手術をして治るまでの5年間。 別居生活をして、考え抜いた揚句の結論である。 もちろん、今振り返ると、正しかったか間違えたのかはわからない。 でも、多分、子供にとっては、これで良かったのだと思う。
夫婦として、完全に終わっていた。
交通事故ならば、これは、業務上過失傷害になるのかな? と、アキは思う。 何の証拠もないし、証明もできないけれど、 夫が浮気していたことだけは判明したし、 反対に開き直って、夫は離婚を望んでいた。 浮気相手と、人生をやり直したがった。 病児の父親というポジションから逃げたがった。 しかし、小気味いいことに、夫の不倫相手は逃げて行った。 逃げられた夫は、一人になる勇気もなく、またアキの元に戻ってきた。 だから、アキの決断で、みんなの将来が決まるということだった。
義母は、泣いて謝ってくれた。 子供のため、別れるなと言った。 給料を持ってくる番犬だと思えばいい。 父親であることを放棄させるな、別れるなら、子供を押し付ければいい。 あなたが一人で苦労することはない。 自分の息子のことを、そんな風に嫁に言う義母は、 正当で公平な考えの人だったと、その時、初めて気が付いた。 実母は、別れて帰ってこいと激怒していた。 慰謝料も養育費も、一切要らない。 私たちが、娘と孫たちを養うから、二度と顔を見せるなと。 母は、やはり娘を思う母だった。 そして、二人とも、女の意見で、孫の幸せを一番に考えてくれた。
義父と実父は、一切、意見を発しなかった。 これは、二人の問題だと。 アキは、この馬鹿な夫を、楽にさせることもないと思った。 仕事はきちんとするし、子供好きで可愛がる。 暴力・賭け事一切しないし、おまけに、すごく単純でおとなしい男だ。
結婚を決めた時の条件。 家庭的な、いい父親。 全然、好みじゃなかったけど、結婚相手に選らんだ人。 今更、間違えたとは言いたくない。 修正できるだろう、私なら。
そして、決断した。 よし、私が教育してやろう!
アキは、自ら進んで、町内会の役員やらPTA行事に参加し、 夫を家庭に巻き込んで行った。 心臓病の子を守る会の催しに参加させては、 立派な他所の父親たちと交流させるようにした。
そして、喧嘩は、一切するのをやめた。 子供のために、演技でもいいから、仲良し家族を演じた。 その点は、夫も協力してくれた。 現在、夫は、家庭的だし、率先して、よく家事を手伝っている。
夫婦生活は、あれ以来ないけれど、浮気はどうだろう? もう、どうでもいいや。 夫は子供の父親、それでいい。 私とは、親同士であり、人間同士の仲間でいい。
こんな気持ちで生きてきたアキは、別に、これでいいと思っている。 これが私にとって普通のこと。 我が家における普通の状態。
とにかく、子供が一番。 そう、子供だけが。
時々、寂しくなるけれど、今、子供たちが元気で幸せであればいい。
人は皆、生まれた以上、必ず死ぬ。 ここで、共存しているこの時が、少しでも長く楽しくあればいい。
そう自分に言い聞かせるアキであった。
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