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作品名:ふつうの人 作者:ミント

第6回   アキの決断
「今のところ大丈夫ですね。」
医師は言う。
「今のところ・・ということは、将来的に悪くなるということですか?」
アキは問う。
「まだ、10年は大丈夫かと思いますが、弁のところで逆流がありますので、
心不全の症状が出る可能性は大きいですね。」

今18歳だから、30歳前ってことか・・・
娘は、「大丈夫だよ!その時には、医療も益々発展するだろうし、
IPS細胞とかいろんなものができて、簡単に治るでしょう〜」と、
笑顔で、気楽に言ってくれる。

本当に、いい子に育ってくれた。
一度も、心臓病のことで、親に愚痴や不満を言ったことがない。
自分の運命や現実を、そのまま受け入れているのだろうなと思う。
アキは、娘を見ながら、どうかこのまま無事でありますようにと心の中で祈る。


娘は、本来ならすぐに閉じる動脈管が開存したままだったおかげで、
姑息手術もせず、一度の根治手術のみで済んだ。
それでも、カテーテルの入院など、何度も辛い検査入院はあった。
元気な子なら、レントゲンひとつでも、被ばくを心配するのが普通なのに、
娘は、どのくらい被ばくしているだろう。
100枚以上はレントゲンを撮っているし、MRIとかも何回かしている。
でも、これでも、まだいい方だと、全国心臓病の子を守る会に入会してみてわかった。

娘を出産してから、アキの心の支えは、夫でもなく母でもなく、この守る会だった。
たまたま、病院の廊下にパンフレットが貼り付けてあったのを見て、
迷わず、縋り付くように入会し、会報誌だけを支えに頑張ってきた。
催し物には、必ず参加し、同じ病気を持つ母親と話し込んで、共感し合った。

夫とは、結局別れなかった。
娘が手術をして治るまでの5年間。
別居生活をして、考え抜いた揚句の結論である。
もちろん、今振り返ると、正しかったか間違えたのかはわからない。
でも、多分、子供にとっては、これで良かったのだと思う。

夫婦として、完全に終わっていた。

交通事故ならば、これは、業務上過失傷害になるのかな?
と、アキは思う。
何の証拠もないし、証明もできないけれど、
夫が浮気していたことだけは判明したし、
反対に開き直って、夫は離婚を望んでいた。
浮気相手と、人生をやり直したがった。
病児の父親というポジションから逃げたがった。
しかし、小気味いいことに、夫の不倫相手は逃げて行った。
逃げられた夫は、一人になる勇気もなく、またアキの元に戻ってきた。
だから、アキの決断で、みんなの将来が決まるということだった。

義母は、泣いて謝ってくれた。
子供のため、別れるなと言った。
給料を持ってくる番犬だと思えばいい。
父親であることを放棄させるな、別れるなら、子供を押し付ければいい。
あなたが一人で苦労することはない。
自分の息子のことを、そんな風に嫁に言う義母は、
正当で公平な考えの人だったと、その時、初めて気が付いた。
実母は、別れて帰ってこいと激怒していた。
慰謝料も養育費も、一切要らない。
私たちが、娘と孫たちを養うから、二度と顔を見せるなと。
母は、やはり娘を思う母だった。
そして、二人とも、女の意見で、孫の幸せを一番に考えてくれた。

義父と実父は、一切、意見を発しなかった。
これは、二人の問題だと。
 
アキは、この馬鹿な夫を、楽にさせることもないと思った。
仕事はきちんとするし、子供好きで可愛がる。
暴力・賭け事一切しないし、おまけに、すごく単純でおとなしい男だ。

結婚を決めた時の条件。
家庭的な、いい父親。
全然、好みじゃなかったけど、結婚相手に選らんだ人。
今更、間違えたとは言いたくない。
修正できるだろう、私なら。

そして、決断した。
よし、私が教育してやろう!

アキは、自ら進んで、町内会の役員やらPTA行事に参加し、
夫を家庭に巻き込んで行った。
心臓病の子を守る会の催しに参加させては、
立派な他所の父親たちと交流させるようにした。

そして、喧嘩は、一切するのをやめた。
子供のために、演技でもいいから、仲良し家族を演じた。
その点は、夫も協力してくれた。
現在、夫は、家庭的だし、率先して、よく家事を手伝っている。

夫婦生活は、あれ以来ないけれど、浮気はどうだろう?
もう、どうでもいいや。
夫は子供の父親、それでいい。
私とは、親同士であり、人間同士の仲間でいい。

こんな気持ちで生きてきたアキは、別に、これでいいと思っている。
これが私にとって普通のこと。
我が家における普通の状態。

とにかく、子供が一番。
そう、子供だけが。

時々、寂しくなるけれど、今、子供たちが元気で幸せであればいい。

人は皆、生まれた以上、必ず死ぬ。
ここで、共存しているこの時が、少しでも長く楽しくあればいい。

そう自分に言い聞かせるアキであった。


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