ああ、今日もいい天気。 モモは、3回目の洗濯物を干し終え、思いっきり深呼吸をした。 まだ、5月というのに、日中は、真夏並みの気温が続いている。 でも、今日は風があるから気持ちがいい。
今朝、母をショートに送り出した。 一か月預かってもらう。 別に、これといって用事はないのだが、 母をずっと好きでいるための、モモが考え出した方法である。
介護は、ちょっと離れた方がいい。 手抜きの方が長続きする。 やってあげるとか、やらなくては、だと、気持ちよく続けることができない。 頑張らない介護が、一番お互いにいい信頼関係を築けると思っている。
母は、いつも、ショートから帰ってくると、目に涙を浮かべる。 ああ、わかるんだね、家が一番いいんだねって、モモもグッとくる。 さあ、また仲良くしようって思えるのである。
傍から見たら、どう思われるかわからないけれど、 この解放感を手に入れるための我儘は、許される範囲だと思っている。 いつも手伝ってくれる娘のためにも、介護休暇を与えなければ。
今朝は、本当に爽やかな気持ちになれた。 近所の桜の木がある家の奥さんが、サクランボをたくさん持ってきてくれた。 毎年くださり、家族みんなで、美味しく頂いている。 普段は、どこの家も挨拶程度の近所付き合いしかしない土地柄で、 これが便利で楽だと思ってはいるものの、 この時ばかりは、子供時代の昭和のよさを思い出してしまう。
子供の頃は、母の近所付き合い方が、良かったのかもしれないけれど、 付かず離れずで、よく、おすそ分けとか土産物とかやり取りしていたものだ。 家を留守にする時の、ペットの世話も頼んだり頼まれたり、 モモも、毎日、隣の足の悪いおばあちゃんに代わって、犬を散歩に連れて行った。 そして、隣のおばあちゃんと一緒に、おやつを食べたものだ。
あの頃、「お互い様」という言葉を、よく大人たちは、笑顔でかけあっていた。 もしかしたら、大人たちの間で、葛藤とかもあったのかもしれないが、 子供の頃のモモの記憶には、良い思い出しかなく、 いつも暖かいセピア色の心のアルバムに残っている。 そんな思い出を持たせてもらったことだけでも、 母の子供に生まれた幸運を感じている。 子供にとっては、ずっと宝物になるのだろう。
今日から1か月、自由が手に入り、普段の生活を取り戻したというところなのだが、 多分、この自由の解放感は、今日だけで、 明日からは、手持無沙汰や物足りなさを感じるだろうと思う。 でも、思いっきり楽しもう。 しばし、母を忘れて、自分を大事に、生活を楽しまなくては。 母のために、自分たちの生活のために。
母は、一か月後、ちょっとポッチャリして戻ってくるだろう。 適応性があるようで、どこに行っても、 ストレスを感じず、母は自分を生きている。 ありがたいことだと感謝しなくては。
晴々した気持ちのモモは、愛犬を連れて、散歩にでかけた。 あの頃、隣の犬は、ちょっとおバカさんの犬だった。 無駄吠えしたり、加減をせずに甘噛みしたり・・ でも、ウチのワンコは本当に賢いな。 美犬だし、なかなかこんなできた仔はいない。 そんなことを、真剣に思ったら吹き出してしまった。
今日は、ちょっと遠くまで行ってみようか。 足の向くまま、気の向くまま。 時間を気にせず、行ってみよう。 5月の風と青々とした新緑の並木道を、 足元軽く、気分穏やかに歩いていくのだった。
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