わぁ。ちっちゃー、手乗り赤ちゃんだ! 若い助産婦さんの明るい声。 小さく産んで大きく育てればいいよね。 看護婦さんの優しい声。 念願の女の子が生まれた。 上が男の子だったから、今度は女の子が欲しかったので、 アキは本当にうれしかった。 二人目だし、小さいからか、アッと言う間に飛び出してきた。 飛び出す赤ちゃんだ! まだ助産婦さんは明るく言ってくれるけど、なんか変・・・ 小児科医が来て、すぐに別室に連れて行ってしまった。
何とか自分が落ち着いた後、新生児室をのぞいてみると、 廊下側の見える場所には、アキの苗字の赤ちゃんはおらず、 他には、窓際の保育器の中で、胸までかかるほどの大きなオムツをつけ、 心電図の線やら、いろんなチューブをくっつけた、 痛々しい赤ちゃんがいるだけだった。
まさか・・
その日の夕方、アキは誰もいない小児科外来の診察室に呼び出された。 赤ちゃん、心臓に欠陥がありました。 医師は、心臓の模型を手に、ココが狭くて、ココに穴が開いていて、 コッチが肥大して、ココで動脈と静脈が混ざり合っているから・・・
アキは、他人事のように、そんな説明をボーっと聞きながら、 (だから?) (何で先生、平然として、こんなひどいこと言うのだろう。)
医師を見ていると、続く言葉は、 だから、いずれ手術になります。 手術をしなければ、6歳まで持たないと思います。 ただ、ある程度の体重にならないと手術はできないです。 それまでに、万が一ということもあるので、常に覚悟はしておいてください。 普通の子とは違うので、かなり大変な子育てになります。 まず、泣かせてはいけません。 風邪を引かせてはいけません。 肺炎にでもなったら、命とりです。 この子は、息するだけで精一杯なので、なかなか大きくなりません。 でも、大きくしないと手術ができないので頑張って下さい。 動くようになったら、なるだけ安静にさせてください。 息切れがひどく呼吸困難に陥ることもあります。 顔色は、普通の子とは違います。 そのうち、チアノーゼが出てくるので、紫か黒ずんでくるでしょう・・・
(天気予報じゃあるまいし) (無理難題ばかり言って)
一通り説明と今後の注意事項を言った後、 医師は言った。 でも、良かったですよ、おかあさん。 手術できるんですからね。 手術できない子もいるんですよ。 不幸中の幸いです。
不幸中の幸い? なんか、デジャブを感じた。 そう言えば、子供の頃、名前占いをしてもらったことがある。 その時、あなたは幸せな一生を送るでしょう。 ただし、その幸せとは、「幸か不幸かの幸」程度の幸せです。 そして、一生孤独感に付きまとわれるでしょう。
そんなどうでもいいことを思い出し、誰もいない廊下を歩いていたら、 知らぬ間に涙が溢れ出ていた。
病室は、婦人科の人と同じ病室に替えられた。 赤ちゃんは、野次馬に見られないよう別室に移された。 お見舞いに来た信仰宗教をしている姑は、 前世が悪いだの、遺伝子はウチの家系ではないと、勝手にほざいていた。 実母は、何故だろうと原因探しばかりして、オロオロ嘆いてばかりいた。
あの時、夫は・・ 夫は何を考えていたのだろう。 大丈夫だよと、アキを励ましてくれたし、姑を追い返してくれたけど。
でも、アキは、多分、あの薬のせいだろうと思っていた。 妊娠初期に検査したクラミジア。 陽性だった。 医師に、すぐ夫を連れてくるようにと言われ、検査したら、やはり陽性。 あの時、何かを感じた。 医師の夫を見る目、夫の不貞腐れた顔。 胎児の心臓が出来上がってから、治療しましょうと、 一週間飲んだ、あの抗生物質。 飲むと、子宮がキューンとなった。 大丈夫かな? でも、飲まないといけないし、大丈夫だよね。
そして、この子は産まれてきた。 そう、生きるために産まれてきた。 私の子供として産まれてきた。 理由は何であれ、守って見せるから。 お母さんは、どんなことでも乗り越えて見せるから。
頑張ろうね。 一緒に頑張ろうね。 前を向いて頑張らなくっちゃね。
母として、この子を守るために、 これから待ち受けている、様々な試練と闘わなくてはいけない。 嘆いたり悲しんだりする暇なんてない。 一人で闘わなくてはいけない。 そう、独りで。 アキは、自分がすごく強くなったように感じた。
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