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作品名:魔女の絵本 作者:孤独な七番街

第1回   戦場の魔女―――アーデン・アシュレイ
戦場の魔女―――アーデン・アシュレイ

彼女を初めて見たのは初陣だった。
夜戦―――大きな大きな満月の夜。

その夜、その戦場に居たのは、長く美しい銀髪を持つ恐ろしい魔女だった。
眼前にあるアシュレイの森――通称「魔女の森」から眩い閃光が溢れる。

「魔女だ!魔女が森から出るぞ!」

「テストゥド!テストゥードー!」
気高きル・ベドの王国騎士団、約5万の大軍が密集隊形を組む。
さらに後方両翼に5万の援護部隊を配置して万全の臨戦態勢をとった。

森を突き破るようにして、上空15メートルから魔女が地上へ飛来する。
鳥たちは空を逃げ惑い、興奮した地上の動物たちが雄叫びを上げる。

着地した先から近目には映らぬ高速移動で、標的を薙ぎ倒していく。
大盾を破壊し、剣を破壊し、鎧を破壊し、四肢を吹き飛ばし、魔女は全てを焼き尽くした。

戦場にどよめきが起こる。

移動するたびに発生する巨大な黒炎が尾に渦巻き吹き荒れる。

―――ル・ベド王の身体を蝕んでいたのは彼の魔女の仕業よ!許すまじ!―――

かがり火を禁じた真っ暗闇の戦場で、ただひとり狂おしいほどに閃光を放つ者。

―――捨ておけば、次は我らが麗しき王女も呪い殺される!殺せ!魔女を殺せ!―――

存在するだけで国を滅ぼすと言われる忌むべきその魔女は世界の終焉を呼び寄せる。

気高き騎士たちは誓う。
――― …俺たちの国を守れ! ―――

彼の魔女は微笑んでいた。
幾百、幾千、幾万の骸の上に佇んで―――――。

彼の魔女は頬を涙で濡らしていた。
幾百、幾千、幾万の呪いの言葉を発しながら―――――。

彼の魔女は殺し続けていた。
幾百、幾千、幾万の鮮血を浴びながら―――――。

…返り血を浴びた白銀の髪が、紅く染まり、黒ずんでいく。

戦士たちは叫んだ。
「行け!魔女を殺せ!気高きル・ベドの騎士たちよ!我らが女王陛下と祖国を守るのだ!」
ある気高き戦士は剣を天に突き上げ、鬨の声を上げ、魔女に立ち向かい、陛下のために命を散らした。

戦士たちは畏怖した。
「(…死にたくない…死にたくない…死にたくない)…死にたくない…!!」
ある臆病な戦士は剣を打ち捨て、悲鳴を上げて逃走し、されど、自らの内臓を地にぶちまけた。

魔女の唇が震えるように、小さく動く。

何を言っているかも聞きとれぬ程の声量で、
何の感情も込められぬ抑揚無きその声色で、

されど、世界を呪い殺すほどの恐ろしく寂しい呪怨の言霊を放つ。
されど、世界を喰い殺すほどの楽しげで悲しい狂気の言霊を放つ。

戦士たちが闘う。
剣が砕けた。盾が砕けた。兜が砕けた。鎧が砕けた。
標的の内部から物理構造を破壊する。

戦士たちが逃げていく。
左腕がもげた。右腕がもげた。左足がもげた。右足がもげた。
標的の各部位を的確に切断する。

戦士たちが倒れていく。
視覚を失う。聴覚を失う。味覚を失う。声を失う。
標的の精神を蝕み抗う牙を抜く。

心の牙を抜かれ、その場に突っ伏した戦士たちを一瞥した魔女は、
微笑みとともに涙しながら、その首をもぎ、その内臓をぶちまけ、
範囲数十メートルを爆裂させる古代魔術を放ち、すべてを青黒い炎で焼き尽くした。

魔女はあらゆる魔術を超高速で乱射乱撃する。

戦士たちは目が見えず、音も聞こえず、血の味もしない。
…そして、理性をも失った。

戦場に恐怖と黒炎が吹き荒れる。

いつしか戦場は狂気を纏い、
味方同士で互いが互いを殺しあい、戦士たちは血塗れになっていた。

気高き戦士、屈強なる戦士、臆病なる戦士、千の知識を持つ戦士、所詮は爪の先、いずれほどの違いもない。
結果、人間という弱者は襤褸雑巾のように打ち捨てられ、小半刻もせぬうちに幾百、幾千、幾万の骸が出来あがった。

その光景を第三者的に眺めながら魔女は微笑んでいた。
同時に涙を流していた。

なぜ、泣いているのかは彼女自身分からなかった。
実際、分かる必要もないのであろう。否―――分かりたくないのだ。

魔女は紅蓮の瞳を見開いて、
紅い涙を流し、白く美しい柔肌を濡らしていた。

戦士たちが憎いわけではない。戦士たちを呪いたいわけではない。

ただ、自分の命を守るために、
返り血に染まった銀髪をなびかせながら、微笑み続け、泣き続け、呪いの言霊を放ち続けた。

しかし、その一方で魔女としての冷酷な血も騒いだ。
血が語りかけてくるのだ。「奴らを殺せ、引裂け」と。

―――私が悪いわけではない―――

地上から数センチ浮いた魔女の足元から半径5メートルの範囲に骸はなく、
代りに青黒い高温の炎が渦巻き、地面は焦げていた。
その範囲外に広がる屍の山々は、正常な思考をもつ者が見たならば、瞬時に正気を失うに違いない。

魔女が呟く。
(ひとり殺して絶望し――――)

魔女の頬を涙が伝う。
(ふたり殺して涙を流し――――)

魔女が頬を拭う。
(さんにん殺して涙を拭い――――)

魔女が目を伏せる。
(よにん殺して喪に服し――――)

魔女の全身を青黒い炎が覆った。
(ごにん殺して狂気を纏い――――)

魔女が目を見開く。
(ろくにん殺して――――否、笑ふ)


周囲が時間差で時計回りに連続的に爆裂していく。

紅蓮の瞳が戦士たちを射抜いた。
戦慄した戦士たちは、それでも、祖国の為と騎士たる誇りをふりしぼり最後まで闘い続けた。

「…行け!魔…女を殺せ!気高きル・ベドの騎士たちよ!我ら…が女王陛下と祖国を守るのだ…!!」

魔女が古代魔術を詠唱するたび
地中からは紅蓮の大槍が数百本と突き出し、
天空からは紅蓮の大矢が数百本と降り注ぎ、
地表は幾度となく大爆裂し焦土と化した。

「魔女を殺せ!魔女を殺せ!魔女を殺せ!魔女を殺せぇえええ!」

「……せぇ」

「…」

――――そして、半刻後、戦士たちの声が完全に戦場から消えた。


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