3回コールが鳴って、すぐに聞きなれた声が電話に出た。 「もしもし……。」 「もしもし、私よ。」 「あ、あすか!?やっほー」 電話の奥には気が抜けるほど、元気そうな声で話す親友。 「あのさ、ゆり。……えっと……。」 「学校で聞いた?私の話。」 「……うん。」 「とりあえず、ごめんね。自分の口から言えなくて。」 「……。」 「電話で話すのもなんだしさ、家に来てよ。」 「え……?でも……。」 「私が行きたいのはやまやまなんだけど、ちょっと具合悪くてさ。」 「分かった。すぐ行く。」 何も考えずに、とりあえずすぐ近くの親友の家に向かった。
玄関のチャイムを鳴らすと、親友の母親が迎えてくれた。 「来てくれたのね、もう聞いた?」 親友の母親は、いつも通りの優しそうな笑顔だった。少しも動揺したり、困っている様子はなかった。 「はい。今日はゆりが来てほしいといったのでお邪魔しました。」 「そうなの。じゃあゆっくりしていってね。今は、あの子と一緒にいてあげて。」 「はい。」 それから、親友は今自室にはいないから、と寝室に案内された。ドアを開けると、親友はベッドで本を読んでいた。 「あすか、いらっしゃい。」 私に気付くと本にしおりを挟んで横に置いた。昨日までと何ら変わりのない、親友の笑顔がそこにあった。どうしたらいいかわからずに突っ立っていると、ベッドの横の椅子に案内された。 「後でお茶を持ってくるから。ゆっくりしていて。」 親友の母親がドアを閉めると、部屋に沈黙が走った。何秒かして、親友が先に口を開いた。 「あすか、本当は真っ先にあなたに言いたかったの。妊娠したことも、学校やめることも。」 「うん…。それならどうして?」 「……あなたが親友だから。一番大切で、正直な人だから。」 「……。」 「あすか、あなたは私に、きちんと悪いところを教えてくれる。私が思い付きだけで悪い方向に進まないように、ちゃんと正しい道を教えてくれる人だわ。だからこそ、言えなかったの。」 「つまり、私が反対すると思っていたから?」 「そうよ。」 親友の目は、悲しげだった。私は、もし最初に行ってくれたら親友を止めていたか考えていた。いやたぶん、止めていただろう。親友が高校に行かずに、中学も卒業せずに辞めてしまうなんて私には考えられないからだ。 「でも、単に反対するから言わなかっただけじゃないの。」 「……どういうこと?」 「もちろん私も、こんなことが正しいなんて思ってないのよ。間違っていることも分ってるの。だからあなたがとめるのも当然だと思っていた。」 「だったらどうして!?」 親友はここで一呼吸おいて、それからゆっくりと言った。 「私ね、病院で赤ちゃんができたって知った時、中絶なんて一度も考えなかったの。生まない選択は私の中になかった。私がこの子を育てていくんだってそんな考えしかなった。」 「だから、他人の反対意見もほしくなかったってこと?」 「そう。……だから悩んだ末、こんな結果になってしまって。私はあすかのことが大好きだし、とっても苦しかったの。ほんとにごめ…わっ」 わたしは、自分でも訳が分からないうちに親友を抱きしめていた。 「……あすか?」 「よかった、安心した……。心のどこかで私あなたに嫌われたんじゃないかって、だから相談もなしに辞めちゃったのかと思って……。それですごく不安だったの。でも、あなたは私を嫌ったんじゃなくて、今も大好きでいてくれるのね。」 「……私は、世界中のだれよりもあすかが大好きだよ。」 「……ありがとう。ゆり。」 「でもあすか。ちょっと苦しい…。」 私は抱擁を説いて、親友の手を握っていった。 「元気な赤ちゃん、生んでね。私にできることなら何でもするから。」 「じゃあ、これからも親友でいてくれるって約束して?」 親友は小指を差し出してきた。私は自分の小指を絡めると、指切りのうたをうたった。まるで小さいころのように無邪気に笑った。 お茶を飲んだ後、親友は急に眠気を訴えたと思ったらすぐに眠ってしまった。仕方なく帰ることにして親友の母親にあいさつに行くと、 「妊婦は常に眠いからね。まあつわりがひどくないみたいだからまだ楽なほうだろうけれど。」 笑いながら出口まで見送りに来てくれた。私は思い切って聞いた。 「おば様とおじ様は、どう思っているんですか?」 「そうね…最初は反対する気だったけれど……。」 親友の母親は靴箱の上に飾られた写真たてを持ち上げて眺めた。そこにあるのは、幼稚園の入園式の写真で、親子3人が幸せそうに笑っている。 「あの子、私たちの前に三つ指ついて土下座して『生ませてください』って…その顔はもう、なんだか母親の顔になっていて。もうこの子は子供じゃないって私たち悟ったのよ。」 「母親の顔……。」 「それにね。」 「それに?」 親友の母親はまた微笑むとこっちをまっすぐ見て言った。 「私たちは医者、人の命を救う仕事をしているのよ。間違っても、たとえ小さな命でも、自分たちの判断で殺すことはできないわ。」
夕暮れの道を歩くと、一人の女性が転んだ小さな女の子を抱き上げて慰めていた。指で女の子の涙をぬぐって、歌を歌ってまた歩き出す。 「母親の顔、か…。」 子どもにとっての母親は、いるだけでなんだか安心できるもの。どんなに悲しい心も、母親に抱きしめてもらうだけで消えてしまう。親友は、今まさにそんな人物になろうとしているのだ。
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