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作品名:ハチミツ 作者:なつめ

第1回   1
 僕のあだ名はぶう太だ。
 本名は祐太だけど、家族以外のほとんどの人は僕のことをそう呼ぶ。
 そのあだ名のとおり、僕は太っている。例えるならば卵だ。両親も同じような卵体型で、彼らが食べる量と同じくらい食べていたらこうなった。遺伝+生活習慣というのは、最強だ。
 その日の夜も、僕はたらふく夕飯をたいらげた上に、スナック菓子をつまみながらコーラを飲んでいた。
 ススス、と隣家に面した腰窓の網戸が開くと、カーテンの陰から美月が顔をのぞかせた。
「こーんばーんはー。おっじゃましまーす」
 そう言うと、僕が返事をする前に、窓を乗り越えて側のベッドに足を下ろす。
 ゆるくパーマをかけた長い髪を無造作にひとつに束ね、半分眉毛がない完璧なスッピン。ダボっとしたパンツにタンクトップというラフな服装。
 その全くやる気の感じられない格好にも関わらず、美月は美しかった。
 生まれた時からお隣同士の幼なじみで、小・中・高と同じ学校の同級生、18年間ほぼ毎日顔を突き合わせている僕でもそう思うんだから、周りの男共が放っておかないのは当然で、彼女は毎日のように誰かから愛の告白を受けていた。
 何だかんだ言っても、女の子は美人でスタイルいい方が得だよなー、と思いながら、僕はポテチを頬張った。
「げっ。あんたまたそんなもん食ってんの? それ以上デブってどうすんの?」
 そのかわいらしい唇からは想像もできないような容赦ない言葉が飛び出して、僕を攻撃した。
「いいだろ、腹減ってんだから。美月ちゃんの方こそ、窓から部屋に入ってくるのやめたら? ここ二階だよ? 足滑らして屋根から落ちちゃったらどうすんの?」
 しかもこんな深夜にお年頃の男の部屋に入り浸るのってどうなの、と言おうと思ったけど、それはやめておいた。美月が100%僕を男として見てないんだってことは目の前にいる彼女を見れば分かることだ。そうじゃなかったら、せめて眉毛くらいは描いてくるだろう。
 ベッドに仁王立ちして、美月がフン、と鼻を鳴らした。
「ぶう太がデブで屋根に上れないから、この私がわざわざ来てあげてるんでしょ?それに屋根から落っこちるようなマヌケじゃないわよ、私」
 すごい言い分だ。僕は深いため息をついた。
 何を隠そう、僕にぶう太というあだ名を付けたのは、この美月だ。いわば名付け親。逆らえるわけがない。
「・・・・・・で、何の用?」
 そう訊ねると、美月はにっこり微笑んだ。
「この映画観たいんだけど、一人じゃ怖いからぶう太も一緒に観ようよ」
 低予算で作成されて世界的に大ヒットしたことで有名なホラーのDVDを見せる。僕も観たいと思っていた映画だ。が。
「ホラーを美月ちゃんと観るのイヤなんだよね。怖い場面になると、早送りするじゃん。最悪。監督や出演者に対する冒涜だよ」
「最悪って何よ。だって怖いんだもん。怖いけど観たいんだもん。しょうがないでしょ」
 駄々っ子みたいにそう言ってベッドから下り、ラグの上に座る。シャンプーの香りがふわっと僕の鼻先をくすぐった。
「だったら明日の夕方にでも彼氏と観れば?」
「・・・・・・だめ」
 美月がぼそっと呟いた。
「はあ?またケンカでもしたの?」
「ケンカじゃなくてー、別れちゃった」
 あっけらかんとした言い草に、僕は唖然とした。
 確か先月付き合い始めたばかりの同級生で、つい三日前には夏休みに海に行くんだーなんて話をしていたばかりなのに。しかも相手はサッカー部所属、校内で一、二を争うくらいのイケメン人気者だというのに。
「だ・・・・・・って、毎日部活部活で全然遊べないし、つまんないんだもん。しかもぶう太と一緒に登校するのやめろって言うんだよ? じゃああなたが迎えに来てくれる? って訊いたら、オレは家が反対方向だし朝練あるからムリだって。そんなのいやよ。」
「そんなのいやよって……、子どもじゃないんだから一人で学校くらい行けばいいだろ」
「い・や・よ。自分で重たい鞄持ってテクテク歩くなんて、絶対いや」
 ワガママな美月は、小学生の頃から僕に荷物を持たせて、自分は手ぶら、という通学方法をずっと続けている。なので、僕が体調を崩して学校を休む時は、彼女もサボるというのが暗黙の了解になっていた。
 それに、美人だけど(だからか?)性格に難あり、いろんな男とくっついたり別れたりを繰り返す美月は女子に敬遠されていて、僕がいないと一人で弁当を食べなくてはならなくなるのが辛いのだ。プライドが高いから、決して口には出さないけれど。
「だから、傷心の私を慰めると思って、ね。ね!」
 誰が傷心だよ、大体、男にフラれてホラー観るなんて、聞いたことないぞ、と内心悪態をつきながら、僕はDVDプレーヤーにディスクをセットした。
 壁にかかっている時計を見上げると、23時を指している。今から映画を観始めたら、寝るのは2時だ。
 美月の訪問に備えて予習も宿題も済ませておいてよかった。
 週に何度かこういうことがあるので、僕は比較的マジメな高校生活を送っている。部屋だって整理整頓している方だと思う。
 勉強を理由に美月の誘いを断ると、不機嫌になってキレられるし、散らかしていると美月に「ぶう太だからブタ小屋? そこまでイメージに忠実でなくてもいいのに」なんて皮肉を言われるのがイヤなのだ。そんな憎まれ口を叩く彼女の部屋の方がよっぽど散らかっているという事実もどうかと思うが。
 これまでの間、幾度となく本気でカチンと来たり、絶交したりしてきたけれど、それでも嫌いになれないのは、美月と一緒にいると楽しいからだ。気心知れているから、何でもポンポン思いつくままに話せるし、映画の趣味だって合う。美月に彼氏がいない間は、週末買い物や水族館なんかに付き合わされるけど、特に苦にはならない。
 そして「人は見た目で9割決まる」と豪語して、実際に外見のいい男としか付き合わない美月が僕のような人間と行動を共にするのは、気楽だからというだけではなく、これまでの色々な経験や記憶を共有しているからだろう。
 良いことも悪いこともどうでもいいことも、何もかも。


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