夢から現実に戻りつつあるとき、逆もそうであるが、その狭間の世界が僕にとってはこの上なく幸せな空間であった。 今が、現実から夢へと誘われているのか、はたまた夢から現実へと呼び戻されているのかが、一瞬わからなくなったが、遠くのほうで、だがはっきりと聞こえてくる声のおかげで後者のほうだということが分かった。 その声がだんだん大きく聞こえてくることで、自分が現実世界に戻っていくのが分かる。 どのくらい寝てしまったのだろうか。 外を見ると、夕暮れ時というわけでもなく、まだ日は高くのぼっていた。十五分ほどだろうか。それより短かったかもしれない。 たった十数分、現実世界を見ていなかっただけなのに、自分だけがひどく取り残されたような感じがして、狭間の世界で味わった幸福感はきれいに消え去り、何ともいえない孤独感が襲う。 声は小屋の外からしていた。よく聞くと、甲高い子どもの声だ。 埃にまみれた窓からそっと覗くと、ちょうど向こうもこちらを見ていたせいで、目があってしまった。まだ小学生くらいだろうか。背の高い少年と、小柄でひどく華奢な少年がこちらを見ていた。 「誰かいる」 驚いた表情でそう言った背の高い少年とは対照的に、小柄な少年は驚いたそぶりも見せずに笑顔を浮かべていた。そして背の高い少年が止めるのも聞かずに、小屋に近付き、ドアを開けて入ってきた。 「こんにちは」 まだ声変わりをしていない子ども特有の中性的な声だ。 少しくせ毛の愛らしい顔が、そのきれいな澄んだ声によくあっている。 「何してんだよ、帰るぞ」 背の高い少年が追いかけてきて、こちらをいぶかしげに見た。 「おじさんさ、ここで何してたの」 背の高い少年がそう尋ねたが、僕は言葉につまってしまい、何も言えなかった。 「あのね」 そのまま僕が佇んでいると、小柄な少年が口をひらいた。 「虹が出てたでしょ。大ちゃんといっしょに虹がでてるほうに歩いてきたの。そうしたらこの小屋の後ろで虹が消えてて」 大ちゃんと呼ばれた背の高い少年が僕をまたじろりとにらんだ。少年はうれしそうな顔をして続ける。 「僕、この前ね、本で読んだんだ。虹の先には虹のおじさんがいるんだって。おじさんが虹のおじさんなんでしょ」 「いや、僕は」 「何度言ったら分かるんだよ、おまえは」 僕の言葉を大ちゃんの大きな声が遮った。 「本の話なんて作り話なんだから、虹のおじさんもいないんだよ。いい加減にしろよ」 小柄な少年のうれしそうな表情は崩れなかったが、瞳の奥が一瞬くもった気がした。 そして間髪いれずに大ちゃんは、小柄な少年の、とても細い腕をひき、小屋から出て行った。 あっけにとられて見ていると、半ば強引に引きずられるようにして歩いている小柄な少年と目があってしまった。 何だかばつが悪くて、すぐに目をそらそうとしたが、その少年のどこかすがるような瞳から目を離すことができずに、けっきょく彼らの姿が見えなくなるまで僕の視線はそのままだった。 空を見ると、先ほどまで僕がたどってきた虹はすでに消えてしまっていた。
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