ユミさんの女学校入学の姿を見ることなく、ハマさんは昭和十九年一月十六日に亡くなった。三月の女学校の入学試験の時、ユミさんは担当の面接官に『お母さんが死んでから何日たちましたか。』と質問され、頭が真っ白になったという。 「そんな無神経な質問をするアホがよくもまあ、面接官なんてやってましたねえ。」 栞が呆れてそう言うと、ユミさんはホホッと品よく笑う。 「小川町の県立高等女学校に行ってたんだけどね、空襲警報が鳴ると、小川町から玉川まで歩いて帰って来たのよ。」 「実際に空襲があったんですか?」 小川町は玉川村の北隣にある、和紙の里とか小京都とか呼ばれる古い町である。空襲のターゲットになるほど大きな町ではないと思うけれど、ターゲットになるような要因がなにかしらあったのだろうか。 「空襲はなかったけど、機銃掃射はあったわよ、学校のすぐそばに飛行機の部品を作っている工場があったから。みんなして防空壕に駆け込んでねえ…。」 ここでユミさんは何か思い出したらしく、さっきのように品よくではなくていたずらを思いついたおてんば少女の笑顔になった。 「あたし、逃げ遅れてねえ、一人で廊下をウロウロしてたの。」 おっとりとして物静かなユミさんらしいエピソードだ。私服のユミさんしか知らない栞は、昼食を食べる暇も無いくらい忙しいという大病院を白衣で飛び回り、てきぱきと仕事をしていたユミさんの姿を、どうしても思い浮かべることができない。しかし、いつ機銃掃射があるかもわからない時代を生き抜いてきたわけで、平和しか知らない栞たちの世代よりもよほど肝が据わっているのは確かだろう。
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