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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第98回   98
ユミさんの同級生三十人の中で女学校に進学したのは三人か四人だったと、ユミさんは憶えている。
「せっかく進学させてもらえるんだから一生懸命勉強しようと思ったんだけど、あたし、辞書を持っていなくて…。」
辞書が欲しくて欲しくて、けれど英俊を産んだばかりの祖母は気が立っていてピリピリしていたから、とても言い出せるような状態ではないと、ユミさんは思ったと言う。そんなユミさんを見かねて、ハマさんが絹一反を持って病の身を引き摺るようにして本屋へ行き、頼み込んで辞書と交換してもらってきてくれたのだそうだ。英俊はそれを聞くと、大袈裟に目を剥いてのけぞった。
「そりゃあずいぶんと割りの合わない取り引きだなあ!!」
当時、絹一反がいくらで辞書がいくらなのかわからないので、栞は父がなんで割りが合わないと思ったのか、よくわからない。それよりも栞は、大造さんと利一さんはいったい何をしていたのだろうと思った。祖父は進学できなかったけれど学問の道をあきらめきれなくて、どこかの大学の講義録を取り寄せて独学で勉強していたのだと、英俊もユミさんも言う。戦時中にそんなものが取り寄せられたんだろうかとも思うし、そんなに勉強家だったのなら辞書の一つや二つ、お下がりをくれてもいいのにと思う。祖母は祖父をものすごく優しかったと言うけれど、死期の迫った母親が末娘のために辞書を手に入れようと必死になっているのに何もしない長男て、ちょっとおかしいんじゃないかと思う。


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