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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第96回   96
二月生まれなのでまだ十二歳の少女だった自分の目の前で母親が病死した、そのことがユミさんを看護婦の道へと駆り立てたのだろう。結婚しても出産しても仕事をやめず、夜勤もあるハードな職場で幾多の生と死を見てきたユミさんは、埼玉県知事や厚生大臣(当時)の表彰を受け、看護協会の理事とか会長を勤め上げて、叙勲までされている。その経歴は、最初の就職に半年で挫折してフリーターや派遣でフラフラと中途半端な仕事をしていただけの栞には、耀かしくて気後れがして、頭が自然に下がるような目映いものだ。
そういうユミさんの華々しい経歴を印刷した叙勲祝賀会のパンフレットの下から、茶色に変色した三枚のハガキが出てきた。一枚は利一さんが汽車の中でしたためた最後のハガキで、ほとんど読めない。あとの二枚は幸平さんからだが、三枚とも宛名はサチさんになっていて、サチさんの死後、遺族からユミさんに渡されたのだという。三枚のうち一枚、官製ハガキではなくて鳩の絵の切手が貼ってあるものに捺されている『軍事郵便』というスタンプが、まず最初に目を射るように飛び込んでくる。他の二枚も、表面上部の『郵便ハガキ』の印刷が左から右ではなく右から左で、切手の部分には馬に乗ったヨロイカブトのオッサンが印刷してあって、やっぱり右から左に大日本帝国ナントカとか貳錢とか印刷されている。ヨロイカブトで馬に乗っては戦争じゃなくて戦国時代じゃん、ダサッ、と、栞は悪態をついたが、実際に満州で徴兵された人達には武器にするために出刃包丁を持って来いという通達があって、出刃包丁を棒切れの先に縛りつけて戦車に突撃しろという命令をしていた日本軍の指揮官の頭の中は、戦国時代から全く進化していない、恐竜みたいな脳ミソしか入っていなかったのだろう。


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