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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第95回   95
秋、ハマさんは大造さんに連れられて、東京の南一丁目病院というところで診察を受けた。海苔巻きの中に蕎麦が入ったものをお土産に買って来てくれたことを、ユミさんは憶えている。胃におできができていると言われたのは、おそらくは胃癌だったのだろうと推察される。セピア色の写真の中のハマさんはものすごく痩せていて、現代のメタボの五十代女性の半分くらいしか、横幅がない。顔なんて、すぐ横にいる小学生のユミさんと同じくらいの小ささだ。千代紙で作ったあねさん人形がそのまま歳をとったような、華奢な和服姿である。病みやつれた儚いほどの細い体は、けれど老いたという印象はなく、母親としての自信と誇りにみちている。おそらくもう、死を予感して達観したような心境だったのかもしれない。凛として静謐なその風情は、看護婦として人生の大半を命の現場に捧げてきた、ユミさんの今の姿に重なる。
女学校を出た後、明覚小学校の教師をしていたユミさんは、大造さんの死の翌年、十九歳で国立埼玉病院附属看護学校に入学し、戸田の家を出た。昭和二十一年にサチさんが加島さんという人と結婚して家を出、二十四年にはカナさんが内野さんという人と再婚して、万里子さんを連れて戸田の家を離れたから、ユミさんも早く独立して、幸平さんと義姉である祖母の負担を少しでも軽くしなければという思いがあったし、看護婦になるという強い決意は、父親の猛烈な反対にも、挫けることはなかった。三年間の勉強の後、国家試験に合格して、ユミさんは夢をかなえた。
「昭和二十三年に『保健婦助産婦看護婦法』っていう法律ができたの。それまでは乙種看護婦を二年やると県の試験を受けて甲種看護婦になるとか、そういう規準が県ごとにまちまちだったのを、統一したわけよ。」
「ふーん…。」


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