手紙は漢字とカタカナで書いてあり、読点も無いし、なんか人をおちょくっているのかと思うようなふざけた文章で、これが玉川で一番頭がよかったという祖父の文章かと思うと、ちょっと脱力する。遠い戦地にいる弟の精神状態を少しでも和ませてやりたいという心遣いなのかもしれないが、四人も子供がいる三十代の成人男性が書いたとはとても思えない印象だ。カタカナで『セワシイ(忙しい)デス。』と書いてあるのを『セクシイ(sexy)デス』と読んでしまった栞は、戦地にセクシーな話はヤバイだろうと思って目を凝らし、よく文の前後を確認して、やっと読みちがいに気付き、全体の文章を読み通した。冒頭に 『富吉ノ部隊ヲシラセロト云フ手紙、富吉ノ部隊ハ 満州國三江省佳木斯 満州第九一二部隊 平井隊 戸田善吉殿 右ノ通リデアリマス。』 と記してあって、善吉さんが大陸へ行かされたから、カナさんは生まれた女の子に大陸のイメージで万里の長城からとって、万里子と名付けたのだと祖母は言う。文中の富吉というのは善吉さんの愛称だそうだけれど、善吉という本名の人を富吉と呼ぶのが愛称といえるだろうかと、栞は首をひねった。奥さんのカナさんにもヨネという愛称があって、ユミさんはしゃべり始めた最初、 「カナちゃんが本名だったかしら?ヨネちゃんが本名だったかしら?え〜と…。」 なんて言っていた。戸籍謄本を出してくるまで本当に思い出せないでいたくらいだから、愛称が本名とほとんど同格になってしまっていたようだ。大造さんがハマさんをタミさんにしてしまったことといい、本名ではない名前で呼ぶことが、戦前戦中の戸田の家では流行りだったのだろうか。呼ばれるほうは、それをなんとも思わなかったのだろうか。
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