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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第91回   91
秘密招集というのは、どこの戦地へ行かされたのかも秘密なのだろうか。どこの戦地へ行かされたのかも家族には知らされず、戦死したらそれも秘密にされてしまうのだろうかと栞は考えたが、戦地に行ってから後は秘密ではなかったようだ。手紙のやりとりがあって、善吉さんからのものは見つけることはできなかったけれど、樺太に行っている幸平さんから利一さんに、善吉さんが所属している部隊を教えてくれという手紙が来たのに対し、利一さんが部隊名や家の近況などを書き送った。それを、幸平さんは帰還の時に持ち帰って来た。祖母の日記の中に挟んであったその手紙を見つけた時、最初はまさか祖父の肉筆とは思わなかった。『かっぽれ』という民謡の歌詞をメモった紙と一緒だったから、こちらも民謡か演歌の歌詞かなんかだろうと、よく見もしないで決めつけてしまった。それに日記といっても祖母が書いていたのは昭和の終盤から平成のはじめ頃で、若い頃には日記など書いてなかった。もしも戦前戦中とかの若い頃のことが書いてあったのなら、ミミズののたくったような字で旧カナ遣いで読みづらくても、もっと真剣になめるようにすみからすみまで読んだだろう。六十代から七十台頃の祖母の日常を綴った日記の内容は、恭明にお小遣いをいくら与えたとか、優子さんが遊びに来て部屋をきれいに掃除してくれたとか、そんなことばかりである。ボケ防止のつもりで書いていたけれど、今では書いた本人が日記の存在そのものを忘れていると、英俊は言う。だからまさか、大叔父が樺太で受け取って大切に持ち帰った手紙が挟んであるなんて、全然、考えもしなかった。それは劣化するより前にはじめから茶色の、よれよれの薄っぺらな紙きれで、コピーなんかとったらボロボロくずれてしまうのではなかろうかと不安になるような、古文書のような代物である。せっかく幸平さんが持ち帰って来た利一さんの肉筆を、お茶や醤油をこぼしたうすら汚い日記に無造作に挟んでおくだけでいいのか?!と栞は思うのだけれど、たまたま同じ日に実家へ遊びに行って顔を合わせ、日記を探し出してくれた優子さんに、必ず元の状態で祖母の本棚に戻すと約束して借りてきたので、勝手にどうこうしてしまうわけにはいかない。


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