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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第88回   88
祖母が嫁いだ翌年の、長姉のクミさんの祝言に関しては、ユミさんはまだ三歳だったから憶えていない。八歳だった昭和十四年の、二番目の姉のトミさんの結婚は、少し憶えていると言う。クミさんの結婚相手は大造さんの兄の長男だと聞いて、栞はギョエーとかゲロゲロとか蛙のような声を出して、眉をひそめた。歩いて二十分のところに住んでいる従兄と結婚するなんて、近すぎて面白くないと、失礼な感想を言ってしまう。トミさんの相手は島崎恵一さんで岩手県出身だから、こっちはずいぶん遠い。大造さんはいったい何を基準に、娘の結婚相手を選んでいたのだろう。
恵一さんが岩手県出身なのだということは、今回見せてもらった古い戸籍で、栞は初めて知った。子どもの頃、なんか変なイントネーションだと思っていたのは岩手訛りだったわけだ。トミさんのことは島崎のオバサンと呼んでいて、幼い頃からわりとしょっちゅう会う機会があったから、大叔母諸嬢の中では一番近しい存在だった。栞が通っていた保育園のすぐ隣に家があったし、子どもの頃にはそのすぐ横の道を歩いて書道教室に通っていたから、トイレを借りる口実で上がり込んでちゃっかりお菓子をもらったり、恵一おじさんにも可愛がってもらっていた。だから、祖母はトミさんのことが大嫌いで、口もきかないほど仲が悪いのだという話を聞いた時は、とても驚いた。どうやらトミさんは、幸平さんが八高線の線路で死んだのは、祖母のことを嫌いだったのに無理矢理逆縁させられ、共寝を強要されたのがつらくて自殺したのだと、思っていたらしい。トミさんは子どもを生むことができない身体だったらしいので、長兄の子どもを五人も生んだ上に嫌がる弟の子どもまで生んだ嫂を羨み弟の死によって羨望を憎悪に変えてしまったような、そんな複雑な背景があるようだ。そして女主人として店頭に立つ嫂に大切な実家を『乗っ取られた』ように感じて、祖母に関する悪口雑言を、絵美子にぶちまけていたらしい。


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