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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第86回   86
ユミさんはセピア色の写真をたくさん見せてくれた。ほとんどは女学校や看護学校の時のもので、祖母は写っていないし、若い頃のユミさんも教えてもらわなければどれだかわからない。唯一、知った顔が写ったものとして、看護学校時代の集合写真の中央におトキ先生の姿があった。晩年もまるで幽霊のように色が白くて綺麗なおばあちゃんだったけれど、若い頃からものすごい綺麗な人だったんだなあ、と、栞はしばし見惚れた。おトキ先生が何の『先生』だったのか、栞は知らない。子供たちの間では一回死んで生き返った人だという噂があり、大人たちの間では戦前の芸能人だか文化人だかの愛人だったとかいう噂のある人だった。鶴のようにすらりと細い身体を白っぽい浴衣に包んで、ゆっくりと上品な立ち居振舞いで、仙人とか仙女みたいに霞みを食べているかのように、幽婉で世俗の垢とは無縁な雰囲気の人だった。実際には栞の生家である戸田商店で肉とか魚とか買って食べていたし、有名人の愛人だった噂があったくらいなんだから、その世代にしては斬新でセンセーショナルな、恋多き人生を歩んで来た人だったのだろうけれど。
ユミさんもゆっくりと上品な雰囲気はおトキ先生タイプで、祖母や母とは違う。祖母や母の早口やきびきびした身のこなしは、商人の妻として必然的に身についたのだろうと思う。ユミさんの整理整頓能力も、祖母や母とはかなり異質で、物が多いわりに整然とした家の中は、不思議な穏やかさに満たされている。写真と一緒に古い手紙や戸籍謄本があって、祖父とその弟妹と曾祖父母と曾祖母の養母の生年月日や命日、曾祖父母の実父母それぞれと、曾祖母の養母の父母の名前まではわかる。初代の幸吉さんだけは、前戸主という欄に名前があるだけで生年月日や命日がわからない。命日はお墓に行けばわかるけれど、そう言えばお墓参りしてないなあ、と、栞はちょっと反省する。そもそも祖母があまりにも長生きだから、栞は実家ではまだ葬式を経験していないわけだ。四十歳を過ぎて祖母が健在の人って、どのくらいいるんだろう。


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