20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第8回   8
栞が知っているだけでも、祖母には三人のボーイフレンドがいた。一人は栞が生まれる遥か以前、二番目の亭主が亡くなった翌年から通って来るようになったという、八百屋のオッサンだ。八百松という店の名前がそのまま本人の呼び名になっていて、本当の名前はその人が亡くなってからずいぶん経つまで、栞は知らなかった。中学校の先輩の祖父だということも知らなかった。海が無い埼玉の片田舎の八百屋なのに、まるで漁師のような赤銅色の肌をしていて、脂ぎった顔の上の禿げちらかした頭には、車のナンバープレートを小さくしたような四つの数字が並んだプレートが付いたキャップをのせていた。妊婦みたいに、腹がつきでた大きな身体を左右に揺すって歩く八百松は、自分より二歳年上だと、祖母は言っていた。あまりにもしょっちゅう遊びに来ていたから、祖母のボーイフレンドが茶の間に入り浸っているという異常な状況を特に異常とも思わないまま、栞は育った。酒やタバコから鮮魚など食料品全般、日用雑貨まで手広く商っていた栞の家では、店は午後八時まで営業していたのにパートさんは六時には帰ってしまうから、父と母はずっと店にいる。祖母と栞たちは居間でテレビを見ていて、そこに八百松が上がりこんで来るのだ。祖母が八百松のために調えた酒の肴は、八百松よりも兄たちの胃袋に入るほうが多かったのに、酔った八百松が割れ鐘のような声で黒田節を熱唱し始めると、テレビの音が聞こえないと言って兄たちは怒りだす。そんな奇妙な宵の団欒が、小学生の頃は週に三、四日くらいは当たり前だった。
「八百松って、奥さんいないの?」
母にそんな質問をしたのは、小学校の高学年の頃だったと思う。いくら茶飲み友達のお年寄り同士のつきあいでも、奥さんがいる男の人が毎晩のように遊びに来ているのって普通じゃないのではないかという疑問が、あまり頭の回転がよくない少女だった自分の中にあったのかどうか、今となってはわからない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 96