祖母はことあるごとに、稲子はしっかりしている、働き者で頼りになる、などと言って絵美子と比べるので、母は稲子さんを嫌っている。祖母自身、頼りになると口では言っていても、ちょくちょく会っているのは優子さんのほうで、電話をしたりお金をあげたり、可愛がっている様子は明白だった。おそらくは自分の中のふたつの顔が具現化されたような感じがするのではないかと、栞は思う。祖母と同じように田舎の商家に嫁ぎ、御主人の三倍も働く(祖母証言)稲子さんは、もの静かでおっとりとした優子さんよりも、祖母にとって自分自身の来し方を見ている気持ちを強く抱かせるのだ。実際、祖母の日記の中に、稲子はすぐ近くに住んでいるのにちっとも会いに来てくれない、優子は遠くに住んでいるのにしょっちゅう会いに来てくれて、嬉しい、可愛い、という記述がある。稲子さんが全く化粧をしないので、口紅くらいつけたら、と言ったところ、化粧なんかする暇がない人間に向かってそんなことを言うなんて失礼だ、もう家に来るな、と言われたという記述もある。もしも戦争がない、平和で平凡な世の中で、祖父が生きていて普通に祖母と添い遂げていたら、祖母は稲子さんと優子さんを足して割ったような、働き者で気が強いけれど可愛らしくて女らしい女性として、人生をおくっていたのではないかと、栞は思う。けれど租税だけではなく命まで含めたありとあらゆるものを可斂誅求に国家が奪い取っていた、そういう時代を、祖母は生きてきた。死に物狂いの毎日の中で、稲子さんを箒でひっぱたくようなことも、一度や二度ではなかったと言う。そういうヒステリックな一瞬、自分を修羅のように感じたとしても不可抗力だと思うけれど、長女、という最初の分身に、苦労と絶望にのたうちまわっていた祖母は自分の思いどおりに動く手足たることを求め過ぎた。その結果、勝ち気で馬車馬のようにしゃにむに働く女に、稲子さんはなった。女らしく装うことも人生を楽しむことも一切を排除して、金の亡者としか言い様のない働き方をする女になった稲子さんを、祖母は正視出来なかったのだろう。
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