栞は祖母と話をしていて、高齢者と自閉症スペクトラムの人はちょっと似ていると思う。自分が一番執着していることは微に入り細にわたって話してくれるのに、こっちが聞きたいことをあっさりとスルーされたりしてムッとする。あの感じは、とても似ている。自閉症スペクトラムの兄は、現在、認識している物事の配分が極端なのに対し、祖母は過去の記憶の配分が極端という違いはある。祖母は若い頃のこととか男関係の想い出は、聞いてもいないことまでペラペラしゃべってくれるけれど、ものすごく詳細な部分と小間切れだったりスッポ抜けている部分との配分が極端で、さらには詳細な部分でも質問をするといきなり忘れたとか憶えてないとか言い出したりする。稲子さんを出産した時のことは、周囲の状況とか誰が何をしていたとか、まるで昨日のことのように憶えているのに、次の茂博さんと三番目の優子さんの時のことは、それぞれ六百五十匁で小さかった、八百匁で大きかったということだけしか憶えていない。四番目の崇久さんの時は、陣痛で痛くて大変なのに何故かお向かいのおトキ先生の家で掃き掃除をしていて、痛いから障子を掴んでガタガタ揺らしながら箒を使っていたということを憶えているのに、出生体重は忘れてしまったと言う。五番目の英俊の時は、産婆さんが来る前に一人で生んでしまって、後産の胎盤も一人で出して布に包んで置いておいた。それからやっと産婆さんが来て、臍の緒を切って産湯をつかわせてくれたと言う。 「どうやって胎盤出したの?」 「しゃがんでウンコする見たいにさ。」 「おばーちゃーん、ウンコとか言わないでよー、もー…。」 英俊は八百匁以上あったので一番大きな赤ちゃんだったはずなのに、優子さんのほうが大きかったように思ったと、祖母は言う。これはどうやら、長男の茂博さんが小さかったことと、次男の崇久さんがしょっちゅう熱を出したりお腹をこわしたりして手のかかる赤ちゃんだったことから、女の子は大きくて丈夫で、男の子は小さくてひ弱だと思い込んでしまったためらしい。優子さんは昔も今もほっそりと華奢で小柄で、女優の倍賞千恵子にそっくりだと評判の清楚な美人だから、大きくて逞しい赤ちゃんだったというのは、なんだかイメージにそぐわない。稲子さんと優子さんは全然似ていない姉妹で、けれど祖母と稲子さんは似ているなあと栞は思うし、祖母と優子さんが並んだところを見ても、似ているなあと思う。母娘の不思議というものであろう。
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