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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第76回   76
栞は覚えていないけれど、兄は古い家屋を憶えている。敷地の一番西側にあった黒い瓦屋根の平屋は、南側の前半分が土間の店舗で、北側の後ろ半分には畳の部屋が二間あった。恭明の記憶の頃にはもう店舗部分は在庫を置いておく倉庫のような場所になっていて、東側の斜め前方に新しい店舗が、その後ろに青いトタン屋根の台所と風呂やトイレのある平屋が建っていたけれど、祖母の初産のその時は、土間の店舗部分では大造さんが店番をしていて、小学生のサチさんが三歳のユミさんのお守りをしていて、東側のまだ土間だった台所ではハマさんがお湯を沸かしている、そういう状況で祖母は稲子さんを出産したのだった。
「七百二十匁って何グラム?」
「知らん。」
ケータイの辞書機能で調べてみると、約三・七五グラムと出てくる。電卓機能で計算するより早く、尚幸が表情も変えないままで、
「二千七百グラム。」
と言う。かつて絵美子を失意のどん底にたたき込んだ尚幸の自閉症スペクトラムは、長じて全くユニークな能力を表出させた。興味や活動範囲の狭さ、特定の物事や形式に対する極端なこだわりは、アスペルガー症候群などの広汎性発達障害の顕著な特徴だが、尚幸の場合はそのこだわりが数字に向いたのである。恭明に人間電卓と言わせる暗算能力は、商人としては便利かもしれないが、POSシステムなど今時のレジでは別に暗算なんか出来なくても仕事はできる。それにコミュニケーション能力が取り外したように欠如しているから、その場の会話の流れだとか、相手の状態や都合などには一切斟酌せず、空気を読むとか人の状況を思い遣ることが全く出来ないので、商人には向かない。


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