「お兄ちゃんて下着フェチだったっけ?」 「いや、中身のほうがもっと好きだぞ。」 「バーカ。とにかくっ、お母さんの目の前で奥さんの下着を干すなんて、ありえないって言ってんの!」 「お前、意外と旧いんだなあ。母親みたいな女になるなよ、苦労するぞ。」 「大きなお世話よっ!」 義姉は今、切迫早産で入院している。兄は毎日、仕事帰りに産院に寄って、洗濯物やらなにやら、至れり尽くせりに世話を焼いている。 「立ち会い出産するの?」 「当然。」 「まーたお母さん羨ましがっちゃうよー。お兄ちゃんを生む時、お父さんってば、もう陣痛始まってるお母さんを病院の前に降ろしたら、さっさと帰っちゃったんだってさ。」 「いっそのこと、ばーちゃんの時代みたく自宅で目の前で生んでやりゃあよかったのにな。」 「そしたらお父さん、感動して抱きしめて『愛してるよ』って言ったかな。」 「血イ見てぶっ倒れたりしてな。」 祖母の初産の話はシュールだった。昭和九年四月三十日の夕方、産気づいてヒーヒー言っているところへ、利一さんが夕刊の配達から帰ってきた。産婆さんは免許は持っていなかったけれど経験豊富な七十歳くらいのおばあさんで、帰ってきた利一さんを顎をしゃくって示して、『ソレにつかまって、いきばれ!』と言った。二十歳の祖母は着物の裾を絡げて脚を広げて膝立ちで、前にいる利一さんの首にすがりついて、後ろから産婆さんが股の間に手を差し入れて、赤ちゃんが出てくるのを待っていたのだと言う。 「障子の桟が見えなくなんなくっちゃあ、生まれないよっ!!」 と言われて、生卵をとかないで飲まされたと言う。なんで出産の真っ最中に生卵を飲まなきゃならないんだ?!と、栞も恭明も目が点になった。
|
|