父は無口ではない。発する言葉の量は、男にしては多いほうだ。テレビ番組で、漁師とか職人の男の人はすごい寡黙で無愛想だったりするけれど、父は商人だからもちろん愛想もよくて、仏頂面なんか見せたこともないし、年齢のわりに、また田舎在住のわりにフレキシブルで、父親としてのポイントは高いほうだと思う。しかし男としては、娘が考えることではないかもしれないが、かなり低い。自分が結婚してから、母の求めているものが理解できるようになったつもりの栞は、できることなら父の臀を蹴っ飛ばしてやりたいと思っている。 「せめてお兄ちゃんのサービス精神の半分でもあったらねえ…。」 「今度、親父の湯呑みに爪の垢入れといてやるよ。」 サービス精神というより、恭明の場合は単なるウケ狙いにすぎない。家業を継ぐのを嫌がってサラリーマンになり、結婚して車で三十分くらいのところに住んでいるのだが、つい先日、めずらしく休みが取れたから遊びに来いと言うから行った時など、競泳用水着みたいなパンツを穿いて、これでもかとフリルのついたピンクのエプロンをつけ、ノリノリで洗濯物を干していた。呆れてため息をつく絵美子にくねくねと尻をふって見せるバカさ加減からは想像もつかないが、営業マンとしては断トツの成績を上げている。一つの会社に長く勤めないで転職を繰り返していた頃は、兄は一抹の不安を親にいだかせていたが、どの会社でもトップクラスの売り上げを出していたから、営業という仕事が天職なのだろう。父のように一ヶ所に腰を落ち着けた商いは嫌だと言っているが、兄も商人気質は受け継いでいるのだろうと思う。その点、商人の娘のくせに絶望的に不器用で人見知りの激しい栞は、兄のように手八丁口八丁でもないし、父のように愛想がいいわけでもなくて、おおよそ商人的ではない。人を手玉にとることを生き甲斐にしている天性のチャラオの兄に真っ正直に言い返して、いいようにあしらわれたり煙にまかれたりしてふてくされているうちに、ますます人見知りが激しくなってしまった。
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