そんな絵美子にものすごく感謝をしていても、感謝の気持ちを面と向かって伝えるということは、英俊にはどうしてもできない。酒を飲んだ時などに、栞にモゴモゴコソコソと呟くことがあるのだけれど、そういうことはお母さんにちゃんと言ってあげなよと何回言っても、父はできないのだ。女は、いや男だって、わざわざ言わなくてもわかっているはず、伝わっているはずでも、愛してるとか感謝してるとか正面きって言葉で言ってもらうのは嬉しいはずなんだから、言うことが大切だよ、と、栞は父に言う。しかし旧いタイプの日本男子にとって、それは空を飛べ、と言われたかのように困難なことであるらしい。なにもペラオやチャラオになれとか、息子を見習えなんて酷なことを父に言うつもりはないけれど、恭明の臆面もないペラオぶりや、見ていて恥ずかしくなるような手口八丁を見たら、少しは考え方を変えてもいいんじゃないかと、言いたくなる時もある。 「あの不器用さは、それこそ『The・昭和』だよな。」 自分だって昭和のくせに、恭明はエラソーに言う。結婚してからは、祖母のボーイフレンドの存在にも少しは寛容になったようだ。 「群馬に連れて行って『キャベチュー』に参加させようよ、無理矢理。」 父が母に愛を叫ぶ姿を見たいし、母のガス抜きになるのではないかと栞は思うのだが、兄は他人事のような顔をしている。 「叫ぶ前に頭の血管ぶち切れて倒れっちまうんじゃねーの?ぜってー叫べねーって、賭けてもいい。」
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