「ところでその軍服、今もあるの?」 あるなら見てみたい。博物館や資料館に展示してある、どこの誰のものかも知れない軍服なんか、なんの興味も無いけれど、祖父たる人が実際に着ていたものなのであれば、見てみたい。栞は少し興奮した。しかし英俊は、申し訳なさそうに首をすくめる。 「どうだかなあ…。母ちゃんが片付けたか棄てちまったか、わかんねえなあ…。」 「えー…、もう…。」 商人の家というのはとにかく雑然としていて、いただき物だとか思い出の品だとかでも格別に大切にする様子がない。遺品も含め『今、必要ではない物』というカテゴリーの品々は、とりあえず土蔵か倉庫に入れておけばいい、という扱いで、整理とか片付けるという言葉の意味は、『保管場所がいっぱいになったから、いらなさそうな物は処分して、もっと物を入れられるようにする』という意味で使われる。だからその軍服もいつの間にか、どこかにしまい込んだのかそれとも棄ててしまったのか、わからなくなってしまったらしい。 戦争が終わっても利一さんも善吉さんも幸平さんも帰って来なかった。幸平さんはしばらく後になってから帰って来たけれど、利一さんと善吉さんは遺骨も無いまま、戦死の通知が来ただけだった。その頃のことを、祖母はほとんど憶えていない、日々の暮らしに手一杯、死に物狂いで働いていたから本当に憶えていないのか、憶えてはいるけれどしゃべりたくないのか、それともしゃべろうにも言葉にできないのか、栞にはわからない。父の次姉の優子さんは、利一さんの戦死の通知が来た日、トイレの前でトイレから出てきた大造さんとぶつかりそうになったら目を真っ赤に泣き腫らしていて、びっくりしたことを憶えていると言っていた。
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