タカちゃんにヘルペスをうつされたのは、祖母の記憶では昭和十四年で、十五年には祖母は父の次兄の崇久さんを出産し、翌十六年には善吉さんが結婚し、けれど半年くらいで出征し、大東亜戦争(太平洋戦争)が始まったという。 「戦争でどうしようもなくなってねえ、十九台のハタを五万円で売ったんだよ。でも封鎖で、そのお金はつかってはいけなかったんだよ。」 ここで、祖母と父では話がくいちがってくる。当時の五万円は今の貨幣価値に換算すると何百万何千万円かもしれないくらいの大金だった、というところまでは一緒なのだが、祖母はそのお金は封鎖でつかうことはできなかったと言い、父は大造さんが手持ちのお金を足して、関東配電(今の東京電力)と埼玉銀行の株を三万円ずつ買ったというのだ。いつ買ったのか、どこにしまいこんであったのか、祖母は全く知らなかった。しかし父によると、封鎖の時、家に役場の人が来て、現金がいくらあるのかを調べたのだと言う。封鎖というのは銀行の預金を引き出せなくなることだというのは、なにかの本で読んだ記憶があるけれど、家にある現金まで調べに来るなんて、刑事ドラマの家宅捜索みたいで、栞はびっくりした。この時、お米屋さんよりも現金がたくさんあったので役場の人に目をつけられ、利一さんが召集されることになったのだと父は言う。親父はオレより小さかったらしいから徴兵検査の時に甲種合格ではなかったんじゃないかと思うし、長男だし五人も子供がいるし、もう三十代半ばで兵隊としては高齢だから、本当なら召集されないで済んだはずなのだと、英俊は言うのである。役場の人というのは利一さんの同級生で、利一さんがいつも学年トップの成績で、どんなに頑張って勉強しても追い抜くことができなかったから、悔しくて憎らしくて、利一さんがいなくなればいいと思って、召集されるように裏工作をしたのだと、父の兄姉は聞き及んだらしい。父の一番上の姉は、そのことで役場の人をものすごく恨んで、その人はもうとうの昔に亡くなられているのに今でも恨んでいるのだそうだ。亡くなった人を恨み続けるなんて執念深いを通り越して、ある意味、器用と言えるのではないかと、栞は変なふうに感心する。
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